(10月24日・ミューザ川崎シンフォニーホール)
指揮:ジョナサン・ノット、管弦楽:東京交響楽団、ソプラノ:三宅理恵、メゾソプラノ:小泉詠子、テノール:櫻田亮、バスバリトン:ニール・デイヴィス
合唱:新国立劇場合唱団(合唱指揮:冨平恭平)
曲目:
デュティユー:交響曲第1番
モーツァルト:レクイエム K.626
デュティユー「交響曲第1番」が素晴らしい名演。デュティユーがソナタ形式の交響曲の概念を完全に覆し変奏曲形式で書いた画期的な作品をノットが細部まで徹底的に調琢した。この交響曲は生演奏で、しかもノットのような緻密な指揮で聴いてこそ、その面白さがわかると思う。
第1楽章はコントラバス、チェロのピッツィカートによるパッサカリア主題から始まる。その上に点描的に木管、金管、弦など次々と異なる楽器が重ねられていく。クライマックスのあと弦による美しいフガートが始まる。三連符で高まっていき、ゴングが鳴らされるクライマックスのあと、すぐに静かになり、オーボエが美しいフレーズを吹く。
それからヴァイオリン群のトリルやフラジオレットが神秘的な音を奏して夢のように終わる。ノットの指揮はニュアンスが練り上げられており、次々に音楽が変容していく様が、顕微鏡で見るように細部まで浮き上がる。生では初めて聴いたが、これは大変な名曲だと思った。
第2楽章はスケルツォ。16分の6拍子の切れ味と鋭いリズムを持つ主題が忙しく動く。ホルンが吹くレガートの第2テーマとの掛け合いも本当に面白い。こんなに楽しい作品だったのかという喜びを感じた。この楽章のスピード感と切れの良さはノットの独壇場。最後の二長調の強烈な和音も爽快だった。
第3楽章間奏曲レント
チェロ3人による導入部に続き、息の長い抒情的な主題がファゴットに出て、様々な楽器に歌われていく部分は本当に美しい。中間部のクラリネットの動きのあるフレーズに続き、トランペットが別の清透な主題を吹くところも都会的なセンスがある。コーダでは冒頭の主題が戻りピアノが鳴らされ静かに終わる。ノット&東響の精緻な演奏が見事。
第4楽章「変奏曲を持つフィナーレ」
ほぼアタッカでこの楽章に入ったノット。強烈な和音で始まる。変奏曲の主題は、第3楽章のファゴットの主題と同じ。これが次々に変奏されて行くが、通常の変奏曲とは異なり、一つ一つが全く違う曲想となっている。第1変奏はいきなりアレグロで華やかに展開、主題は金管が壮麗に奏でる。音が静まると今度は動きの激しい新しい主題が現れる。次の第2変奏はまた異なる旋律。これは弦のトリルを伴いとても美しい。ここはお気に入りの部分だ。激しい第3変奏はスケルツォ的。第4変奏は第1変奏の変形。第5変奏では、それまでの動機やテーマが次々と現れ、バラエティに富んで楽しい。第6変奏はレントとなり、幻想的な雰囲気も醸し出される。最後にヴィオラに現れる美しく神秘的な旋律がオーケストラ全体に広がり、コンサートマスター(新しく就任した小林壱成)のソロのあと、静かに終わった。
高度で精緻なアンサンブルを必要とし、かつ澄み切った抒情性や多彩な音色も求められるデュティユーの作品はノットと東響の音楽性に実に良く合っている。デュティユーの作品はそれほど多くないと思うけれど、またノットの指揮で聴きたいものだ。
後半のモーツァルト《レクイエム》は、速めのテンポと切れ味の鋭い演奏。同じモーツァルトでもオペラでのノットの指揮はいつも瞠目させられるが、《レクイエム》は正直なところ感銘を受けなかった。
たとえば「恐るべき威厳の王よ」Rex tremenda 前半の鋭すぎる切れとスピード感はユニークでノットらしいが、ここまで激しく鋭い演奏が果たして《レクイエム》と言えるのだろうか、という違和感があった。
ただ、その激しい部分と続く「どうかわたしをお救い下さい」Salva me, fons pietatis.と歌われる後節の安らぎは平和に満ちており、その対比は鮮やかだった。
「涙の日 ラクリモサ」の後、ノットは間を置いたが、さらに仏具の鈴(りん)のような鐘が三回鳴らされた。モーツァルトが8小節のみ書き絶筆となったため、ここでいったん世界が変わることを示したかったのだろうか。ちなみに今日はジュスマイヤー版が使われたが、「涙の日」だけはマイケル・フィニッシー(1946-)版が使われた。
ノットは最後の曲「コンムニオ」の前に、同じ歌詞で歌われるリゲティの「ルクス・エテルナ」を挿入した。その前にも同じように鈴(りん)が三度鳴らされた。
新国立劇場合唱団のアカペラによるリゲティは、《レクイエム》よりも感動が大きかった。
PAを使っているのかと思われるほど(関係者に確認したがPA使用はなかった)、声がホール全体に高く響き渡る。これは合唱のソプラノの一人が歌うソロの高音を含め、全体が《レクイエム》よりも高い音程で歌われたためかもしれない。その響きは超常現象的で、この世のものとは思えないものがあった。
ソリストの中ではソプラノの三宅理恵が、透明感のある清透な声で抜きんでていた。
今日の演奏は10月31日までニコニコ生放送で見られます。