11月28日(月) 19:00開演
会場:サントリーホール 大ホール
■出演
樫本大進(ヴァイオリン)
赤坂智子(ヴィオラ)
ユリアン・シュテッケル(チェロ)
藤田真央(ピアノ)
■曲目
モーツァルト:ピアノ四重奏曲第1番 ト短調 K.478
メンデルスゾーン:ピアノ三重奏曲第1番 二短調 Op.49
ブラームス:ピアノ四重奏曲第1番 ト短調 Op.25
正にスーパーソリスト達の室内楽。この4人で演奏するのは今回が初めて。初顔合わせにもかかわらず、長年カルテットやトリオを組んでいるように息の合った余裕のある演奏を展開した。
藤田真央のピアノが破格の上手さ。モーツアルト、メンデルスゾーン、ブラームスそれぞれの様式に合わせた奏法で、軽やかに天使が舞うように弾くかと思えば、柔らかな打鍵から重みと深みのある音もつくる。
樫本大進、赤坂智子、ユリアン・シュテッケルの三人も、力みのない柔らかな演奏と響きで4人のバランスも極上。至福の時間を味わう。
4人の時も3人の時も全員が同じ方向を向き、アンサンブルをつくる。
誰かが前に出る際は残りの奏者は自然にバランスをとり、そのやりとりがとてもスムーズ。リハーサル時間は限られていたとは思うが、4人全員がお互いに融通無碍に合わせられる音楽性と技術を持っているからこそのスーパー・アンサンブルと言えるだろう。
聴きどころ満載のコンサートだったが、特に印象に残ったところを紹介したい。
モーツァルト「ピアノ四重奏曲第1番」は、第1楽章再現部で藤田のピアノと3人の弦がト短調の翳りを帯び、澄み切った世界へ誘う。第2楽章アンダンテは4人の演奏が繊細に溶け合い、ひとつになる。第3楽章は藤田の遊び心のあるピアノと弦の3人が軽やかに対話を交わす。4人が実に楽しそう。樫本大進、赤坂智子、ユリアン・シュテッケルの音はいずれも柔らかさと美音が保たれる。バリバリ弾く奏法とは無縁の世界。
メンデルスゾーン「ピアノ三重奏曲第1番」はこの夜最高の聴きものだった。
第1楽章はシュテッケルのチェロが自然な入り方で柔らかく第1主題を弾き始める。藤田のピアノは軽やか。樫本は甘く歌う。第2主題のチェロも柔らかい。提示部の最後も強奏しても音は濁らず美しいハーモニーが保たれる。展開部も3人は力みがなく、常に余裕がある。再現部のチェロとヴァイオリンの対位法が美しい。ピアノのカデンツァ的な部分も輝く。ピアノが激しく動き緊迫感とともに盛り上がって行くコーダはスリリングで、終わった後『ブラヴォ!』の声が飛んだが、そう叫びたくなる気持ちがとてもよくわかる。
第2楽章はピアノが天国的に主題を歌うと、ヴァイオリンとチェロが続く。3人が天上の歌を奏でるように、歌い上げていく。ここまで繊細な演奏は初めて聴く。
中間部はロマンティックに感傷的な旋律が3人により歌い交わされ、聴き手を恍惚とさせる。第3部は、シュテッケルの極上の柔らかなピッツィカートの上で樫本のヴァイオリンと藤田のピアノが主題を対位法的にからませていく。3人の天使が奏でるような極上の演奏だった。
第3楽章は妖精たちが飛び交う楽しさ。藤田の鮮やかなヴィルトゥオーソ的な動きの速いピアノの上で、樫本とシュテッケルが軽やかな演奏を繰り広げた。
第4楽章ロンドはやわらかくスタートするが、次第に熱を帯び、最後は3人がダイナミックな動きと共にコーダに駆け上がっていった。
後半のブラームス「ピアノ四重奏曲第1番」の第1楽章前半は、名手4人が珍しく手こずる。力が必要な曲で、4人が緊密に一体感を出すことに戸惑っており、手こずっている印象。リハーサル時間が足りなかったかもしれないと思わせる。しかし、再現部からは息が合ってきた。
ヴァイオリンとヴィオラが第2主題を美しく歌う。ピアノもブラームスらしく安定。弱音の弦、ピアノが美しく入る。コーダは幽玄の世界。盛り上がるところも深い。これぞブラームス。
第2楽章は弦の3人が繊細。ピアノが天から降ってくるようにさらりと入ってくる。幻想的で憂愁の色を帯び美しい。4人の表情が一致する。チェロの深い音も良い。トリオは幻想的なピアノが素晴らしい。軽やかに飛び続けるメンデルスゾーンのスケルツォを思わせる。再現部は4人の息がぴったり、細やか。この楽章は攻略できていた。
第3楽章アンダンテ・コン・モト第1部は、少し考えすぎ、作りすぎのよう。もうひとつ演奏に惹きこまれない。ブラームスの難しさか。中間部の行進曲、ピアノは重みがある。弦もしっかりと弾く。第3部は藤田のピアノが深みを増し、その上で樫本と赤坂がブラームスの憂愁を歌い上げた。
第4楽章「ジプシー風ロンド」は、それまでと一転。4人の若々しく勢いのある演奏で盛り上がった。藤田の速いパッセージが弾む。第2主題まろやか、余裕。チェロとヴァイオリンが甘くたっぷりと主題を歌う。ピアノは天馬空を行くように弾いていく。堂々とした第2主題のあと、テンポを速め、ヴァイオリンとチェロが軽やかに歌う。ピアノはヴィルトゥオーソ的。フガートの弦が美しい。ピアノが入ってくるとアクセル全開。ものすごい追い込みと最後の盛り上がりで、4人は燃焼しつくして終わった。
藤田真央とユリアン・シュテッケルは舞台袖に戻るさい、お互いの健闘を称えるように、肩を組み合った。