ウラディーミル・フェドセーエフが、体調不良のため医師のアドバイスに従い、来日中止となり、代役としてN響指揮研究員の二人が分担して指揮をした。二人とも今年3月にフェドセーエフN響の近畿・中国ツアーに同行し、マエストロから教えを受け、また今回の公演のため、チャイコフスキー(フェドセーエフ編)/バレエ組曲「眠りの森の美女」の楽譜作成にも携わった。
N響は16型。コンサートマスターは伊藤亮太郎。
平石章人(ひらいしあきと)が前半を担当し、下記5曲を指揮した。その指揮ぶりについてコメントする。
スヴィリドフ/小三部作
第1曲は弱音器をつけた弦がやわらかな音を奏でる。上背がある平石は、やや硬くなってはいたが、両腕を大きく左右に振りながら大きなフレーズで振っていく。なかなか懐が深い。
第2曲はトロンボーン、テューバをしっかりと鳴らす。
第3曲は抒情性豊か。ヴァイオリンの響きがきれいだ。まだ硬い指揮ではあるが。
プロコフィエフ/歌劇「戦争と平和」-「ワルツ」(第2場)
これは少し大人しすぎ、表情が少ない。
A. ルビンシテイン/歌劇「悪魔」のバレエ音楽-「少女たちの踊り」
きれいにまとめたが、練習をつけているみたい。
グリンカ/歌劇「イワン・スサーニン」-「クラコーヴィアク」
これは思い切ってオーケストラを鳴らした。
リムスキー・コルサコフ/歌劇「雪娘」組曲
第1曲<序奏:美しい春>ゲストで入った読響首席の金子亜未のオーボエが端正で美しい。ヴィブラートの少ない音色は品がある。
第2曲<鳥たちの踊り>クラリネット(首席松本健司)が滑らか。
第3曲<ベレンディ皇帝の行列>
活気のある演奏。
第4曲<軽業師の踊り>
きっちりとオーケストラを鳴らし、最後もびしっと決めた。
平石章人の堂々とした体躯は指揮台での存在感がある。
後半は湯川紘惠(ゆかわひろえ)がチャイコフスキー(フェドセーエフ編)/バレエ組曲「眠りの森の美女」を指揮した。彼女も背が高く、颯爽としている。
第1曲〈行進曲〉(プロローグ第1曲)
第2曲〈踊りの場〉(プロローグ第2曲)
の2曲を聴いて、この指揮者はなかなかいいのでは、と思った。チャイコフスキーの作品が良いことも要因として考えられるが、湯川の指揮は生き生きとした表情がある。
第3曲〈パ・ド・シス〉(プロローグ第3曲)
幻想的な雰囲気が良く出ていた。クラリネットの松本とオーボエの金子の演奏が光る。
第4曲〈ワルツ〉(第1幕第6曲)
有名なワルツを湯川はセンスよく歌わせる。
第5曲〈パ・ダクシオン〉(第2幕第15曲a〈オーロラ姫とデザイア王子の情景〉)
チェロ首席の藤森亮一が安定したソロを聴かせたが、湯川のためにもう少し表情をつけても良かったのでは。
第6曲〈オーロラ姫のヴァリアシオン〉(第2幕第15曲b)
金子のオーボエがここでも引き立つ。
第7曲〈パノラマ〉(第2幕第17曲)
これはきれいな響きだが、ちょっと浅い。
第8曲〈アダージョ〉(第3幕第25曲〈パ・ド・カトル〉)
クラリネット(松本)とフルート(首席甲斐雅之)の対話が楽しい。
第9曲〈テンポ・ディ・マズルカ〉(第3幕第30曲〈終曲〉)
バレエではこの曲が終曲なので、盛り上がる。湯川の思い切りのいい指揮。
第10曲〈サラバンド〉(第3幕第29曲)
女性らしい(この言葉は禁句だろうが、褒めているのでご容赦ください)柔らかな響き。
第11曲〈銀の妖精〉(第3幕第23曲〈ヴァリアシオンII〉)
バレエの場面が浮かぶよう。描写的で表情がある。
第12曲〈オーロラ姫とデザイア王子のアダージョ〉(第1幕第8曲a〈パ・ダクシオン:アダージョ〉)「バラのアダージョ」として知られる名曲。大きな盛り上がりを作った。湯川の指揮にN響も乗っていた。
客席からはブラヴォも出て、湯川は感激の表情を浮かべていた。両手を広げて拍手を受ける姿は舞台映えしていた。
今日はテレビとラジオの録画や同時中継もあり、平石章人と湯川紘惠にとっては、願ってもないチャンスだっただろう。N響定期演奏会デビューは成功だったと言えるのではないだろうか。N響の楽員も温かく拍手を送っていたし、聴衆の拍手も愛情がこもっていた。大きなチャンスをつかんだ二人が再びN響を指揮する機会が来ることと、オーケストラからも声がかかることも期待したい。
平石章人プロフィール
上野学園大学・研究生『指揮専門』にて、下野⻯也、大河内雅彦に指揮を学ぶ。その後東京音楽大学にて広上淳一、田代俊文にも指導を受ける。2017年に渡欧し、ウィーン国立音楽演劇大学にて、ヨハネス・ヴィルトナーのもとで研鑽を積む。2021年9月よりNHK交響楽団にて当時の首席指揮者、パーヴォ・ヤルヴィのアシスタントを務め、2022年1月からは同団の指揮研究員として公演に携わっている。これまでに東京フィルハーモニー交響楽団、広島ウインドオーケストラを指揮したほか、N響室内楽公演での指揮を担当。また「ポケモン × NHK交響楽団スペシャルオーケストラ2023」ではNHK交響楽団スペシャルオーケストラを指揮した。オペラの分野でも活動の幅を広げており、東京・春・音楽祭の《ローエングリン》にてマレク・ヤノフスキの、ロームシアター開館記念オペラ《フィデリオ》では下野⻯也のアシスタントを務めた。
湯川紘惠プロフィール
東京藝術大学音楽学部指揮科卒業。同大学大学院音楽研究科指揮専攻卒業。これまでに指揮を高関健、山下一史、尾高忠明、田中良和に、ピアノを小池ちとせ、徳丸聰子、加藤朋子に師事。2018年 スペインにてヨルマ・パヌラのマスタークラスを受講し、カルロス3世劇場で行われた修了演奏会に出演。2021年リッカルド・ムーティによるオーディションを経てリッカルド・ムーティ・イタリアン・オペラ・アカデミーを受講。東京・春・音楽祭において「リッカルド・ムーティ introduces 若い音楽家による《マクベス》」に出演。英国ロイヤル・オペラにてジェット・パーカー・ヤング・アーティスト・プログラム主催のマスタークラスを受講し、リンブリー・シアターで行われた最終公演でシティ・オブ・ロンドン・シンフォニアを指揮。2021年9月より NHK 交響楽団にてパーヴォ・ヤルヴィのアシスタントを務め、2022年1月より指揮研究員として同団の公演に携わる。
写真:平石章人©Andrej Grilc