(8月9日、杉並公会堂小ホール)
作曲家、川島素晴のモットーは「Action Music」=「演じる音楽」。パフォーマンス的で「笑い」を誘う。吉本のクラシック版とも言える。川島はそれを「笑いの構造」と呼ぶ。しかし作品はおふざけ音楽ではなく、非常に緻密に創られている。昨年9月「タモリ倶楽部」現代音楽特集で企画・解説を担当したので、そこで川島素晴を知ったという人も多いだろう。
川島の作曲方法は「笑い」を前提とし、彼の言葉で言う「3つの構造視点」と呼ぶ手法をとる。
視点A「線的構造と同期和音」
視点B「音色/リズム構造とポリフォニー」
視点C「演奏行為とヘテロフォニー」
これを私流に分りやすく書くとこうなる。
A:極端に速いアルペッジョや跳躍など。他の楽器はそれについていき、同時にハーモニーをつける。
B:様々な奏法による音色がリズムを生む。合奏者はエコーやフーガで、ポリフォニーをつくる。
C:パフォーマンスのイメージを描いて作曲していく。各奏者は、別々に動いたり、ずらしたりして変化をつける。
さて、今日のコンサートはタイトルどおり、クラリネット奏者の菊地秀夫が中心である。川島と菊地は中高校時代からの同期で、同じ吹奏楽部に所属。川島は打楽器、菊地はクラリネットを担当。当時から川島は菊地のために演奏不可能な作品を書いていたという。以来30年以上二人は密接に活動を続けている。
1曲目は菊地のクラリネット・ソロによる「Manic-Depressive I」(1997)。当時の言葉では「躁鬱病」。現在は「双極性障害」を表す。
第1楽章は上の視点Aによるので、菊地の驚異的な速吹きが圧倒する。第2楽章は上の視点Cによる。クラリネットは分解され、それぞれのパーツを執拗なまでに吹き続けるという異様な楽章。第3楽章はスタンドで固定されたバスクラリネットと通常のクラリネットの2本を同時に吹く。ジャズ・ファンなら同時にマルチのサックスを吹くローランド・カークを思い浮かべるだろう。全体の印象は、フリー・ジャズを思い起こさせるが、譜面はきっちり書かれている。
2曲目は、「自分の影との対話」(2006)。和田翔太がクラリネットの練習をしている背後に黒子の衣裳を着た菊地秀夫が座り、時に和田の周りを動きまわり、和田と同じフレーズを少しずらして吹く。和田は自分のエコーを聴くような不思議な感覚を覚えながら、吹き続ける。これは、上記視点BおよびCの手法だ。菊地はついにバスクラリネットで和田を威嚇する。最後は黒子の菊地が和田をリードしていく。ハメルンの笛吹のようでもある。笑いは多少生まれる効果があった。
個人的には、前半最後の「無伴奏 Kla-vier ソナタ」(2007)がこの日一番面白かった。クラリネットとピアノの二重奏だが「無伴奏」と呼ぶのは、両者が一心同体のように演奏するから。川島と菊地は背中を合わせに反対方向を向く。
速いパッセージをお互いにやりとりしながら、やがて2つの楽器は同時に同じ旋律を奏でる。二人の息が合わないと、様にならない。川島のピアノを初めて聴いたが、かなりの腕前。作曲専攻は下手なピアニストよりうまいと聞くが、川島もその一人だ。クラリネットがフェイントをかけるように止めると、ピアノもピタリと止まる。菊地が泳ぐように体をそらせると、川島も同じ格好をまねる。これは可笑しい。客席からも笑い声が聞こえる。二人羽織のように、クラリネットのベルを川島がミュートがわりに手でワウワウ音をつくる部分は楽しかった。
後半は、大作「篠田桃紅の絵と言葉による8つのエスキス『時のかたち』」(2005年/東京初演)から始まった。
この曲は、岐阜県関市にある「鍋屋バイテック会社」の社長(当時)で、篠田桃紅作品の膨大なコレクター、故・岡本太一の委嘱による。6点の篠田作品に着想を得た6曲に、篠田のエッセイから選んだ言葉に作曲した2曲からなる全8曲のエスキス(素描)。
ソプラノ太田真紀、フルート安田恭子、クラリネット&バスクラリネット菊地秀夫、ピアノ川島素晴が登場、曲に応じてトリオ、デュオ、ソロ、全員で演奏する。ステージには、楽曲のもとになった篠田桃紅の作品3点も飾られた。8曲の中では、第4曲《風雪》のコーダに最も感銘を受けた。ソプラノが雪、クラリネットが風を模した音を発するが、最後は二人がピアノの響板に向け、ゴーッという音を吹きこむ。特にソプラノは、雪女に化けたのではないか、と思われるすごみがあった。第7曲《溌》はバスクラリネットのソロだが、同じようなフレーズが続くのはやや単調。最後の第8曲《熱望》は力演で、全楽器、演奏者により上行音型が繰り返された。この原画は紅く力強い太い線が何本も引かれている。
コンサート最後は、新作「Cla - - Cla - -」(2017/初演)。川島のクラヴェスと菊地のE♭クラリネット。タイトルはそれぞれの頭の文字からきているが、「クラクラ」という言葉通り、菊地は川島のクラヴェスに合わせ、ステージで回りながら、フラフラになるまでクラリネットを吹き続ける。旋律はパレードの音楽のような印象。川島の打音が激しく速くなり、何種類ものクラヴェスを叩き続けていると、クラヴェスが置き台から転げ落ちる。菊地は倒れ、そのうちの1本を川島の足元に転がす。川島はそれに足をとられ、滑り転倒。ゴンという音は川島が後頭部をぶつけた音ではないか。眼鏡も吹き飛び、演技にしては過剰で、心配になる。そのまま曲は終わり、静寂が続く。
二人が起きあがったところで、安堵の拍手が起こった。
アンコールは、川島以外の全員と、裏方の人も加わり、分解されたクラリネットを盛大に鳴らす作品(?)で終わった。クラリネットの菊地秀夫は大活躍で、そのスタミナには驚かされた。川島はステージと客席が一体となるような、聴く者も一緒に演奏している気分になるような音楽を目指しているというが、その目的は達せられた。
会場には、川島素晴が今年受賞した一柳慧コンテンポラリー賞の創設者、一柳慧と、作曲家松平頼暁の姿があった。