110回定期演奏会から始まるコンサートのテーマは、ミュトス(神話)とロゴス(概念)。寓話や神話の領域である「ミュトス」と、これに対置されるものとしての論理や聖書の領域である「ロゴス」 ― その両方と密接なつながりがもって、中世から今日までさまざまな音楽が作られてきた。このシリーズは、今後、神話や聖書、観念に着想された古今の名曲の数々を取り上げていくとのこと。
その中から今回は「四つの気質」の概念に関連ある作品が選ばれた。「四つの気質」とは、ヒポクラテスら古代ギリシャの医師たちが、人間の性質や病気を4種類の体液との関係でとらえたことに由来する考え方。4種類の体液は、四大元素説や、季節、方角などと結び付けて考えられている。[血液(空気・春・東)、黄胆汁(火・夏・南)、黒胆汁(土・秋・西)、粘液(水・冬・北)]。
ヨハン・シュトラウスI世のワルツ「四つの気質」と、ヒンデミットの《ピアノと管弦楽のための「四つの気質」》を並べ、前後にシューベルトの作品を置くプログラム。
小川典子をソリストに迎えたメインのヒンデミットは、小川のメリハリのあるピアノが際立ち、エンタテインメント性はない、一見地味なこの作品が実に面白く聴けた。小川は、インターナショナルな舞台で活躍するだけあって、色彩感と音楽的な律動が鮮やか。その表現力は素晴らしい。ホーネック指揮紀尾井ホール室内管弦楽団(コンサートマスター千々岩英一)もヒンデミットのDensity(密度の濃さ)をよく出していた。
ヨハン・シュトラウスI世のワルツ「四つの気質」は、同じようなワルツのなかに、微妙に四種類の気質が描かれているのがわかる。ホーネックはウィーン・フィルのコンサートマスターだけあって、ワルツのリズムはウィーン風だが、踊りがうまいとは思えず、どこかぎくしゃくしたワルツになっていたのは、ご愛敬かもしれない。
ホーネックがヴァイオリンを弾きながら指揮したシューベルトの「ヴァイオリンと管弦楽のための小協奏曲ニ長調」は、可憐なヴァイオリンの味わいはあるが、それ以上の深みはあまりない。
ホーネック指揮による、シューベルト「交響曲第5番」は、表情の変化が少ない、平板な演奏だったのは残念だ。紀尾井ホール室内管弦楽団のメンバーは、国内や海外のメジャーオーケストラの首席クラスから、コンクール入賞経験者が軒を連ねており、彼らの腕前を充分活用できていないのではないだろうか。たとえば、第3楽章で、弦からオーボエに旋律が引き継がれる第2主題でも、せっかくオーボエの名手、吉井瑞穂(マーラー室内管首席)のソロを際立たせることなく、埋もれさせてしまう。第1楽章では第1主題と第2主題の表情の変化に乏しい。第4楽章になって、やっと切り込みの深い表情が聴かれたが、それも第2主題になると、平坦な表情になってしまう。厳しいかもしれないが、ホーネックの指揮者としての手腕に不安を感ずる。次回はぜひ挽回を期待したい。
写真:ライナー・ホーネック(c)三好英輔、小川典子(c)S.Mitsuta