アンコールで、モンテーロは客席に向かい、『即興のテーマを誰か歌ってくれませんか。なんでもいいです。日本の歌でも、ポップスでも』と話しかけた。すると、『さくら!』という声があがり、モンテーロが「では歌ってください」というとその男性は、美しいバリトンで「さくら~さくら~」と歌い始めた。モンテーロはすぐ音をとり、しばらく旋律を奏でた後、即興を弾いた。鮮やかな手並みだが、どこかチック・コリアの「スペイン」を思わせる。続いてもう1曲と聞くと、今度は『ネッスンドルマ(誰も寝てはならぬ)!』という声が別の席からあがり、すかさずモンテーロは即興を始めるが、バッハの作品を思わせる対位法をちりばめて仕上げた。
客席は大盛り上がり。
以下はモンテーロのプロフィールがよくわかるウィキペディアの記述。
『ガブリエラ・モンテーロ(Gabriela Montero)はベネズエラ、カラカス出身アメリカで活躍するピアニスト・即興演奏家。
父はベネズエラ人、母はアメリカ人。5歳で初めて公開演奏を行なう。8歳でベネズエラ青少年管弦楽団と共演し、演奏会デビュー。ベネズエラ政府より奨学金を得てアメリカ合衆国に留学。12歳でボールドウィン国民コンクールとAMSA青少年芸術家ピアノコンクールに入賞。
ロンドン王立音楽院に留学し、1995年に第13回ワルシャワ・ショパン国際ピアノコンクールにて銅賞を受賞した。
ウィグモア・ホールやケネディ・センター、テアトロ・コロン、ミュンヘン・ヘルクレスザール、ベルリン・コンツェルトハウスなどでリサイタルを行なってきたほか、世界の数々の音楽祭に招待されてきた。とりわけ、マルタ・アルゲリッチが主宰するルガーノやブエノスアイレスの音楽祭の常連として知られており、アルゲリッチ本人から稀有の才能の持ち主と評価されている。
モンテーロは、即興演奏の才能でも名高く、有名な作曲家の主題に基づく即興演奏や、ポピュラー音楽を大作曲家の作風で再構成することを得意としており、演奏会や録音でその能力を披露している。ただし、即興演奏や編曲の能力について、聴衆や評論家の評価は賛否両論に分かれている。
ショパン、リスト、グラナドス、スクリャービン、ラフマニノフといったヴィルトゥオーゾ向けの作曲家を得意とする一方で、バッハのクラヴィーア作品にも愛着を寄せている。』
ウィキペディアの記述にある『即興演奏や編曲の能力について、聴衆や評論家の評価は賛否両論に分かれている。』は、私も気になったところだ。
本日のプログラムは、
シューマン:子どもの情景
チック・コリア:チルドレン・ソングスより
モンテーロ:子どもの情景(即興)
ショスタコーヴィチ:ピアノ・ソナタ第2番
というもの。
さて、ここからは前半のプログラムもふりかえりつつ、私の感想を述べたい。
モンテーロの即興は、即興とは言えないのではないだろうか。ウィキペディアの記述にあるように『ポピュラー音楽を大作曲家の作風で再構成する』にすぎない。ベースになるパターンが数多くあり、その上に旋律を乗せながら弾いているように思える。
ジャズのインプロビゼーションよりも、形が出来上がっており、驚きや発見が少ない。もちろん、ジャズも、チャーリー・パーカーの即興を詳細に分析した理論書がバイブルのようにミュージシャンに読まれており、誰もがパーカーを一度は徹底的に研究したうえで、自分の個性を出しているのだが、モンテーロの即興はジャズほどの自由さを感じることはない。やはりクラシックを基本とする即興、それもどこかで聞いたハーモニー、フレーズ、形式が多いのではないだろうか。
シューマン「子どもの情景」は、第6曲「重大な出来事」まではテクニックで弾き飛ばすという印象。「トロイメライ」からソフトな表現になったが、旋律の先に入っていけないもどかしさ、音楽の深いところが感じられないものがあった。
休みなく、チック・コリア「チルドレン・ソングス」に入っていった。全曲ではなく、何曲かピックアップしていたが、曲名までは不明。モンテーロはやはりクラシック畑のピアニストであり、コリアのジャズのフィーリングを感じさせる演奏とは違うことだけはわかった。
モンテーロ「子どもの情景」(即興)は、「カラカスの朝」「おかしなオウムたち」「酔っ払い」「ホームシック」「母の子守歌」という各曲のタイトルがつけられている。
ジャングルを思わせる「オウム」、「酔っ払い」のユーモア、「ホームシック」の哀愁、「母の子守歌」のメリーオルゴールのような懐かしさ、はとてもわかりやすいが、エンタテインメント以上ではなかったような気もした。
最後のプログラム、ショスタコーヴィチ「ピアノ・ソナタ第2番」は、テクニック的には完ぺきだが、ショスタコーヴィチの深み、恐ろしさ、抒情にはいま一歩。ただ右手だけで弾かれる主題が9つの変奏に渡って変化、深められていく第3楽章は彼女のテクニックの冴えがあり、とても良かった。
28日(土)、29日(日)とモンテーロは読響の定期演奏会(いずれも14時から。東京芸術劇場コンサートホール)に出演し、ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」を弾く。指揮はアジス・ジョハキモス。日曜日のコンサートに行くので、協奏曲での演奏が楽しみだ。アンコールで武蔵野のような客席のやりとりは難しいだろうが、実現したら楽しいことは間違いない。