(5月10日、武蔵野市民文化会館小ホール)
今年31歳のウカシュ・ヴォンドラチェックは、チェコ生まれ。2016年エリザベート王妃国際コンクール優勝。ウィーン・コンツェルトハウス、ベルリン・フィルハーモニーなどに次々デビューし、ウィーン響、ベルリン・ドイツ響、チェコ・フィルなど世界のオーケストラと共演。日本初リサイタル。
初めて聴いたヴォンドラチェックは将来が楽しみなピアニストだ。圧倒されるテクニックと強い打鍵だけではなく、繊細な表現から、レガートで美しく旋律を歌わせることができるなど、引き出しが多い。
プログラムが予定よりも変わり、最初にブラームス20歳にして最後のピアノ・ソナタ、第3番が演奏された。第1楽章冒頭の強力な打鍵に驚く。地響きをたてるようにピアノを鳴らす。40分の大曲を一気に弾いた。最初の印象としては、ブラームスの内面があまり感じられず、テクニックはすごいが単調ではないかと思った。ただ第5楽章のフィナーレは、ブラームスの若さが出ていてとても新鮮に感じた。
休憩後のシューマンでは、がらりと印象が変わった。「アラベスク ハ長調Op.18」の繊細でロマンティックな表現に、そういう表現もできるのかと驚かせる。ホ短調のエピソードもなかなか表情が深い。最後のコーダも成熟したピアニストのように、繊細に余韻とともに終わらせる。
客席も自然に静寂が保たれ、拍手が起こらない。そのまま2曲目「謝肉祭Op.18」にヴォンドラチェックは入っていった。
「謝肉祭」は、その若さでここまでできるのか、と感心した。
各曲の性格に合わせ表情を描きわけ、アーティキュレーション(音の切り方、つなげ方)が音楽の流れに乗り、とても自然に決まる。
「前口上」の壮大さで始め、「ピエロ」「アルルカン」にがらりと表情を変え、「高貴なワルツ」で一気にロマンの世界に呼び込む。前半で聴かせた、地響きのようなダイナミックを聴かせた直後に、甘くロマンティックな表情に自然に素早く転換する。1曲1曲、楽しいことこの上ない。
「ドイツ風ワルツ」「パガニーニ」「告白」のそれぞれの表情づけも見事。第21曲「ペリシテ人と戦うダヴィッド同盟の行進」の興奮を呼ぶ盛り上げ方も堂々たるものだ。
アンコールにシューベルト最後のピアノ・ソナタであり、白鳥の歌ともいうべき「第21番D960第2楽章」を弾くというのも、ヴォンドラチェックの自信の表れか、日本の聴衆へのレパートリーに広さのアピールなのか。作曲しながら死期が迫っていることを自覚したに違いないシューベルトの心境を、ヴォンドラチェックは深く表現できていた。
最後は自国の作品、スメタナ「チェコ舞曲集第2集」から「スコチナー第10番」を高速のテンポで弾いた。
3日後の5月13日(日)には東京都交響楽団にもデビューして、ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第4番」を弾くことになっているヴォンドラチェック。人懐こい笑顔は親しみを感じさせ応援したくなる。また聴きたいアーティストだ。
都響ではルーカス・ヴォンドラチェックの表記になっている。Lukáš Vondráček 綴りどおり読めば、ウカシュよりもルーカスのほうが正しいように思う。
写真:Lukáš Vondráček (c) Petr Dyrc / FOK