(1月12日、サントリーホール)
名演!ヴィオッティのオペラ指揮者としての限りない才能が最大限に発揮され、ヴェルディ「レクイエム」に新しい光が与えられた。
ヴィオッティの特長は第一に「明晰さ」。すべての声部がくっきりと浮かび上がる。第二に「歌うこと」。オペラ指揮者としての歌手と合唱への深い理解から生まれる歌心の素晴らしさ。第三に楽譜の深い読み。ヴェルディの「レクイエム」が持つオペラ的本質を完全に掌握している。即ちアリアのようなソリストの独唱や重唱、スケールの大きい合唱、それらと一体となるオーケストラのコントロールが飛びぬけて優れている。
これらの才能に加え、50歳の若さで急逝した名指揮者マルチェッロ・ヴィオッティを父に持つ血統の良さから醸し出される気品と趣味の良さが相俟って、ヴェルディの音楽に洗練された味わいを加えている。
演奏者のうち最大の功労者は「東響コーラス」(合唱指揮:安藤常光)だ。暗譜の完璧な合唱。特に弱音の美しさと正確なアンサンブルはいつも以上に極められていた。
ソリストではソプラノの森谷真理に最大のブラヴァを!透明で繊細さと強靭さを持つ凛とした美しい高音が天に届くようにどこまでも伸びていく。
メゾソプラノ清水華澄にも同じくらいの賛辞を贈りたい。潤いのある艶やかな声。彼女もまた強靭さと繊細さがある。温かな声は清水ならでは。
テノール福井敬も絶好調。張りのある強靭な声は堂々としており、揺るぎがない。
バスのジョン・ハオは予定されていたリアン・リが体調不良のため降板したため急遽の出演だったのでは。立派な歌唱だったが、本来ならもっと掘り下げた表現も可能だったのではないだろうか。
東京交響楽団はコンサートマスター水谷晃のもと、見事な演奏。「ラッパは驚くべき音をTuba minum」でのバンダも含めたトランペットをはじめとする金管が好調。定評ある木管、繊細で透明感ある弦、いずれも素晴らしい。打楽器は大太鼓に演奏後盛んな拍手が贈られていた。
最後に特に印象深かった箇所に触れよう。
「レクイエムとキリエ」:冒頭の最弱音。聞こえるか聞こえないかというオーケストラと合唱の素晴らしさ。
「怒りの日Dies irae」切れ味と明晰さ、東響コーラスの寸分たがわぬアンサンブルとバランス。
「すべてが書き記されている書がLiber scriptus」:清水華澄の見事な独唱。
「哀れな私Quid sum miser」森谷、清水、福井の美しい三重唱。
「威厳のある王よRex tremendae」ソリストと合唱によるSalva meの迫力。
「思いだしてください Recordare」の森谷と清水の美しさを極めた二重唱はこの日のハイライトのひとつ。まさに陶酔的。
「聖なるかな Sanctus」の圧倒的な二重合唱によるフーガ。
以上を上回る感銘を与えたのが、最後の「私をお救いください Libera me」。「怒りの日」が最後に最大の激しさで展開されたあと、さらに壮大なフーガがクライマックスを築く。それが一気に沈静し、ソプラノと合唱により「主よ、永遠の死から私をお救いください」が静かに歌われる。合唱とともに歌われる森谷真理の独唱は繊細を極めた。ヴィオッティの指揮が止まってからホールに保たれた祈りの静寂(20秒は続いた)が感動をさらに深めた。
ロレンツォ・ヴィオッティとソリスト、東響コーラス、東京交響楽団への拍手は聴衆の感謝の気持ちが込められているように感じられた。
写真:ロレンツォ・ヴィオッティ(c)Ugo Ponte