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Channel: ベイのコンサート日記
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超名演!ヤン・パスカル・トルトゥリエ&新日本フィル クシシュトフ・ヤブウォンスキ(ピアノ)

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124日、サントリーホール)

 全くノーマークだったヤン・パスカル・トルトゥリエ。何と素晴らしい指揮者だろう!

 1曲目のモーツァルト「歌劇《コシ・ファン・トゥッテ》序曲」を聴いて驚嘆した。まぎれもなく本物のヨーロッパの音、モーツァルトの響き。モーツァルトの気品、洗練、貴族趣味すべてが含まれている。音楽用語で言えば「様式感が完璧」。それは彼の由緒正しい家柄から見れば至極当然かもしれない。

 

名前から分かる通り、父は高名なフランスのチェロ奏者、作曲家、指揮者ポール・トルトゥリエ(19141990)。音楽一家であり、ポールの妻モード・マルタンも優れたチェロ奏者、長男ヤン・パスカルはヴァイオリニストを経て指揮者になった。長女マリア・ド・ラ・パオはピアニスト、次女のロマーナはチェリスト。

 ヤン・パスカルは指揮者・ヴァイオリニストとして1980920日東京文化会館での新日本フィルに初登場。両親、長女と共にベートーヴェンの三重協奏曲ほかを演奏している。古くからのご友人が今日のコンサートに駆けつけ、当時のプログラムをトルトゥリエさんにご紹介された。その際の写真を新日本フィルさんから提供していただいたので掲載する。新日本フィルとは38年ぶりの共演になる。

 チャイコフスキー「交響曲第1番《冬の日の幻想》」は作品の真価を知らしめる超名演だった。チャイコフスキーはこの作品について『それは私の甘い青春の罪のようなものです』と語り、足掛け20年かけて改訂するほど愛着を持っていた。トルトゥリエはチャイコフスキーの青春そのものとも言える若さの勢い、純粋さ、甘さと感傷を余すところなく聴かせた。

 

 何よりも新日本フィルがかつてないほど美しい音を奏でた点が光る。チャイコフスキーの抒情性がよく表れた第2楽章がその最たるもの。オーボエソロのロシア的な第1主題は心に染み入る。同じ主題がヴィオラからチェロ、そしてヴァイオリンへと受け継がれていくが、いずれのパートもこれまでどの指揮者からも聴いたことのない美しい響きで奏される。

 

なぜこのようなことが可能なのか。考えてみればヤン・パスカル・トルトゥリエの生まれ育った家は弦の音で満たされていたことに気づく。父ポールは家族との室内楽を何よりも楽しみとしていたという。トルトゥリエの指揮で新日本フィルの弦が美しく変身する理由がよくわかる。

 

 ひとつだけ残念なのは、コーダでこの美しい主題を吹くホルン群が音程を含め不安定だったことだ。この作品の最高の聴かせどころでもあり、もしホルンが朗々と美しく奏でていたらどれほどの感動を与えられたことかと思うと本当に惜しい。

 

 指揮棒を持たず両手を表情豊かに使うトルトゥリエは指揮者としてオーケストラの各パートから美しい響きを導き出すだけではなく、最高のバランス感覚、耳の良さを持っている。どのパートをどれほどの音量で鳴らすのか、何を際立たせるべきなのか、すべてを把握している。
 音楽が極めて明解であり、ダイナミックで厚みがある音がオーケストラを無理に鳴らすことなく自然に生まれてくるのは、トルトゥリエのバランス感覚の良さ、耳の良さもあるからだろう。

そして何よりトルトゥリエ本人が持つ気品、品格、優雅さが素晴らしい。その雰囲気がそのまま音楽に反映されている。彼の指揮であればどんな曲でも聴いてみたいと思わせる。第4楽章の力と熱のこもったコーダは気持ちいいくらい壮麗な響きで満たされた。

 

 ショパン「ピアノ協奏曲第2番」もオーケストラの音が素晴らしい。ソリストのクシシュトフ・ヤブウォンスキも弾きやすかったと思う。ヤブウォンスキは20172月にも新日本フィルと共演し、ショパン「ピアノ協奏曲第1番」を弾いた。今日も技術的には完璧だが、前回ほどの深みが感じられなかった。アーティストも好不調の波があるのだろう。3日前のオペラシティでのリサイタルでも同じような印象を持った。

 

トルトゥリエの履歴を読むと、10年以上にわたりBBCフィルハーモニックの首席指揮者を務め同楽団の水準を高めた功績で名誉指揮者になっており、またロンドン交響楽団、ロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団、ミラノ・スカラ座管弦楽団、シカゴ交響楽団、ボストン交響楽団など超一流オーケストラを指揮している。72歳と円熟の時を迎えた今は巨匠と呼ぶべきではないだろうか。

 

トルトゥリエの指揮に誰よりも深く共感したのは、コンサートマスター西江辰郎をはじめとする新日本フィルの楽員だと思う。トルトゥリエが一度袖にひっこみ二度目のカーテンコールに戻ってきたとき、間髪入れず全楽員から拍手と足踏みが起こったことがそれを示していた。

 

今日は鈴木雅明指揮バッハ・コレギウム・ジャパンの「第九」と重なったためか、いつもお会いする評論家、ジャーナリストの数が少なかった。ヤン・パスカル・トルトゥリエの知名度から業界だけではなく、多くの聴衆もノーマークだったのかもしれない。聞き逃した方には申し訳ないが本当に聴けてよかった。

 

演奏会記録

198092014

東京文化会館大ホール

タイトル:ファミリー・トルトゥリエ・ウイズ・ニュージャパン・フィルハーモニック

指揮:ヤン・パスカル・トルトゥリエ

ソリスト:ヤン・パスカル・トルトゥリエ(ヴァイオリン)、ポール・トルトゥリエ(チェロ)、モード・マルタン(チェロ)、マリア・ド・ラ・パオ(ピアノ)

管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団

曲目:

ヘンデル:2つのチェロのための協奏曲 ト長調作品2-8

ベートーヴェン:ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための協奏曲 ハ長調作品56

チャイコフスキー:ロココの主題による変奏曲 作品33

ラヴェル:ラ・ヴァルス

 

 


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