尾高忠明が前立腺癌の治療のため降板となり、東京フィルアソシエイトコンダクターのチョン・ミンが代役として登場した。
チョン・ミンはフレーズの最後をバシッと決める時や大きな盛り上がりをつくる際の指揮ぶりが父チョン・ミョンフンを彷彿させ、血は争えないという印象を持った。しかし、それは親の真似という否定的な見方ではなく、歌わせる部分はたっぷりと歌い、畳みかける場面はメリハリのある音楽を聴かせるというチョン・ミョンフンの音楽的DNAが受け継がれている長所として見たい。
チョン・ミンは6月にイタリア交響楽団の日本ツアーの指揮もした。オペラ指揮者としてミラノ・スカラ座、マリインスキー歌劇場、テアトロ・マッシモにも登場していることを見ても、親の七光りに頼るという指揮者ではないし、実際に今日聞いた限り、スケールの大きい指揮から実力は充分だと思う。もちろんもう少しと思う点はあるが、それは音楽家に完璧はあり得ないということであり、チョン・ミンの将来性があることに変わりはない。
前半は昨年ノルウェーのグリーグ国際ピアノコンクールで第1位、聴衆賞を受賞した高木竜馬をソリストに迎えたラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」。
高木はShigeru Kawaiのピアノをしっかりと鳴らし切って、スケールの大きなダイナミックな演奏を展開し、歌心に満ちたラフマニノフの旋律をロマン性豊かに表現した。ただ、表情のパターンがそれほど多くなく、時に同じような演奏が続く。深々とした奥行きのある表現には課題が残る。
チョン・ミンは高木に遠慮会釈もなく、東京フィルを豪快に鳴らしたが、それに負けない強靭な音と爽やかな抒情性は高木の強みだろう。
アンコールはラフマニノフ「前奏曲作品3-2《鐘》」。音に充分な厚みがあり、弱音から強音までデュナーミクが大きい演奏だった。
チャイコフスキー「交響曲第5番」は序奏を重々しくゆったりと始め、クラリネットとファゴットに出る第1主題とその確保、流麗な推移主題まではチョン・ミンは堂々とした指揮を聞かせた。しかしモルト・カンタービレ・エド・エスプレッシーヴォの第2主題は思いのほかあっさりと流す。
第2楽章へアタッカで入り、冒頭のホルンは高々とおおらかに吹かせた。さきほどの第2主題と同様にこの楽章は感情移入がそれほど大きくない。第3楽章のワルツと中間部の速い動きもあっさりと終わるかに見えたが、「運命の動機」の再現からアタッカで入っていった第4楽章は壮大な演奏を展開した。長調で始まる「運命の動機」は力感にあふれ、荘厳さがあった。第1、第2主題こそ、あっさりとしていたが、絢爛豪華な終結部と全休止後のクライマックスは構えが大きく、チョン・ミンの実力を知らしめるものがあった。
日曜日のコンサートも聴きたいが、ほかの予定と重なりチョン・ミンのベートーヴェン「交響曲第7番」が聴けないのは残念。また次に東京フィルに登場する機会を待ちたい。