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Channel: ベイのコンサート日記
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チョン・ミョンフン 東京フィル ビゼー「歌劇《カルメン》」(演奏会形式)

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221日・サントリーホール)

ビゼーの音楽の深さを今日ほど知らされたことはない。それを教えてくれたのは、チョン・ミョンフンと東京フィルの驚異的な演奏だ。それは、4年前に同じ組み合わせで聴いたプッチーニ「歌劇《蝶々夫人》」の破格の名演を凌駕していた。


 チョン・ミョンフンの指揮棒の先からすさまじいエネルギーが発せられると、東京フィルは、魔法にかかったように、全く別のオーケストラに変身した。「前奏曲」の色彩感にあふれた輝かしい音を耳にしたとたん、これがいつも聴くあの東京フィルなのか、信じがたい思いがした。

 

 第2幕、エスカミーリョ役のチェ・ビョンヒョク(バリトン)が歌う「闘牛士の歌」を聴いたとき、血沸き肉躍る曲なのに、なぜか涙が出てきた。チェ・ビョンヒョクの歌や合唱も素晴らしいが、東京フィルの音が、伴奏の域を超えて胸につき刺さるように響いてきた。ビゼーの音楽の底辺には、悲しみが潜んでいるのではないか、という考えが浮かぶ。チョン・ミョンフンと東京フィルの、切れば血が噴き出るような演奏は、ビゼーの音楽の核心を突いていた。
 オペラの中心は歌手だが、この夜のチョン・ミョンフンと東京フィルの演奏は、ドラマを進める原動力であり、音楽の主役だった。

 

歌手と合唱のレベルも高かった。

カルメン(メゾソプラノ)のマリーナ・コンパラートは、2017年のフェニーチェ劇場でチョン・ミョンフンと共演以来、カルメンは最も多く演じている。「ハバネラ」も「セギディーリャ」も全く過不足のない歌唱だった。周りを圧倒するような威圧感はないが、バランスがとれており、自由奔放なカルメンを見事に歌い、演技した。

 

 ドン=ホセ(テノール)のキム・アルフレードは、24年前、難関ミュンヘン国際コンクール第2位と特別賞を受賞。キャリアを重ねた今は、世界的な歌手となっている。張りのある声は、緊迫する場面では劇的な効果をあげ、愛の場面では感情表現が豊かだ。

第2幕「セビリャの城壁近くのリーリャス・パスティアの酒場」での、「花の歌」の切々とカルメンに訴える表情に惹き込まれる。第3幕第2場「ゼビリャの闘牛場の前」でのホセとカルメンが、死に向かって進む最後のやりとりは、アルフレードとコンパラートの歌唱も、チョン・ミョンフン&東京フィルの演奏も、迫真の熱を帯びた。

 

ミカエラのアンドレア・キャロル(ソプラノ)は、潤いのある清らかな声。声量も豊かで、容姿ともどもミカエラにふさわしい。欲を言えば、第3幕「山の中」での「何もこわくない」のアリアに、もう少し深い情感が欲しかった。しかし、密輸業者の仲間入りしたホセに「お母さんが危篤なの」と決然と告げる凛とした表情は素晴らしかった。

 

今回のステージでは、日本の歌手陣が、海外からの主役陣と較べて全く遜色がなかった。スニガの伊藤貴之(バス)、モラレスの青山貴(バリトン)、ダンカイロの上江隼人(バリトン)、レメンダードの清水徹太郎(テノール)の男声はもちろん、フラスキータの伊藤晴(ソプラノ)とメルセデスの山下牧子(メゾソプラノ)の二人も、カルメン役マリーナ・コンパラートの対等なやりとりで存在感があった。

 

新国立劇場合唱団は明確な発音と力感に満ちた合唱、杉並児童合唱団は元気いっぱいの明るい声でなごませた。全員が暗譜で歌う集中力と合唱の精度、オペラと一体となった表現力は驚くべきものがあり、チョン・ミョンフンの指示が合唱にも徹底されていることを感じさせた。

 

チョン・ミョンフンにとって、《カルメン》は最も得意とするオペラのひとつだが、3月から4月にかけ、イタリアのフェニーチェ歌劇場でも指揮することになっており、東京フィルとの共演にさいしては、これまでの集大成を創り上げようという意欲に燃えていたに違いない。東京フィルにとっても、《カルメン》は新国立劇場をはじめ、幾度となくピットで演奏したお家芸のレパートリーだ。
 その両者が燃えに燃えて演奏した《カルメン》は、理想的な声楽陣を得て、聴き手を心底から揺さぶる忘れがたい名演として結実した。

 

指揮:チョン・ミョンフン

カルメン(メゾソプラノ):マリーナ・コンパラート

ドン=ホセ(テノール):キム・アルフレード

ミカエラ(ソプラノ):アンドレア・キャロル

エスカミーリョ(バリトン):チェ・ビョンヒョク

スニガ(バス):伊藤貴之

モラレス(バリトン):青山貴

ダンカイロ(バリトン):上江隼人

レメンダード(テノール):清水徹太郎

フラスキータ(ソプラノ):伊藤晴

メルセデス(メゾソプラノ):山下牧子

合唱:新国立劇場合唱団

児童合唱:杉並児童合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

コンサートマスター:三浦章宏


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