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東京芸術劇場コンサートオペラ プーランク:オペラ『人間の声』、ビゼー:劇音楽『アルルの女』

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(1月8日・東京芸術劇場)

東京芸術劇場コンサートオペラ vol.8プーランク:オペラ『人間の声』、ビゼー:劇音楽『アルルの女』

『人間の声』(45分)、『アルルの女』(90分)の2本を、休憩を挟み一気に上演、午後2時開演で終演は午後5時近くになった。

 

いずれも上演機会が少ない作品だが、特に「アルルの女」を全部観る機会はほとんどない。2本ともこれまでの芸劇のコンサートオペラの中でも屈指の企画だったと思う。出演者の熱演もあり、観た後聴いた後の充実感、感動は極めて大きかった。

 

『人間の声』は、ジャン・コクトーの戯曲を基に、プーランク自身と初演時に「ある女」を演じ歌ったドゥニーズ・デュヴァルが、自分たちの経験に基づいて台本を再構築した作品。

 

<女>を演じ歌ったソプラノの森谷真理が素晴らしかった。フランス語の発音やイントネーションはネイティブではないので判断しにくいが、完璧ではなかったかもしれない。しかし、5年間付き合った恋人から別れを告げられた女の絶望が突き刺さるようにストレートに伝わってくる森谷の歌唱力と表現力は圧倒的であり、感情を揺さぶられた。

 

演奏会形式であり、オーケストラはピットではなく、舞台上に配置された。

舞台前方にはソファとテーブルが置かれ、テーブルの上には古い形の電話機が置かれている。森谷はスタンドのような照明のもと、楽譜を見ながらの歌唱で、実際の演技は最後の電話のコードに首を巻き付けて自殺する場面くらいだが、潤いのある美しい声とスケールの大きな歌唱を駆使しながら、豊かな感情表現で一人芝居を演じ、聴かせた。

 

ソプラノが歌うのは歌というよりもレチタティーヴォ的であり、実際の電話の会話を再現するように短く途絶えがちになる。相手の男の声は聞こえてこないので、それが聴き手の想像力を掻き立て、緊迫感をもたらす。

一方で、時にアリアのような歌になることもあり、音楽的な美しさも充分感じられる。

 

当時の電話は交換手を通して相手につなげるもので混線も多かった。女と元恋人の会話に他人の回線が紛れ込み中断する場面もある。

 

最初は失恋の痛手を隠そうと世間話でごまかすうちに、耐えかねて本音が噴き出し、相手に詰め寄って復縁を迫るなど、誰もが体験したであろう日常の悲劇をコクトーの台本とプーランクの音楽は余すところなく描く。

 

森谷の声による演技が素晴らしく、聴き手も彼女に感情移入して惹き込まれていく。最後に<女>が電話機のコードを首に巻き付けて自死する際に何度も叫ぶ” Je t'aime”はまさに真に迫っていた。

 

佐藤正浩指揮のザ・オペラ・バンドは、緊迫感とともに、時に現れるプーランクのユーモアや安らぎの音楽を良く奏でていた。

 

 

後半は、前半とは逆に、女に絶望した男が身を投げて死ぬという筋書きのビゼー、劇音楽『アルルの女』。オリジナルの劇音楽として全曲を朗読付きオーケストラによる形式で上演した。台本翻訳と構成は佐藤正浩が行った。

 

これはまず朗読者たちが立役者だった。

語り、バルタザール、他を担当した松重豊と、ヴィヴェット、フレデリの母を担当した藤井咲有里(東京演劇道場)は、声色を見事に使い分け好演。フレデリの木山廉彬(東京演劇道場)と白痴の的場祐太(東京演劇道場)も表現力があった。

 

演技らしい演技はなく、ラジオドラマを聞いているようでもあるが、各自のセリフ回しが自然のためどんどん物語に惹き込まれ、登場人物への共感が劇の進行とともに大きくなっていく。胸に刺さるセリフも多かった。

朗読はピンマイクを通して行われたが、バランスの良いPAが使われており、実に自然だった。

 

『アルルの女』は、組曲では南仏の風土のような明るいイメージを与えるが、劇音楽になると、どろどろとした愛憎劇の暗い影に覆われ、ある種の不気味さが漂ってくる。

佐藤正浩の指揮自体が、物語に即すような表情を創っていったこともあるのだろう。

 

ザ・オペラ・バンドは『アルルの女』では8-6-5-4-3の編成。コンサートマスターを永峰高志が務めたほか、フルートに東京フィル首席の神田勇哉、オーボエにN響首席吉村結実、クラリネットにN響首席伊藤圭、ホルンに元N響首席の福川伸陽が入るなど、名手が揃った。管楽器のソロは素晴らしいものがあった。

 

武蔵野音楽大学合唱団はフランス語歌唱で、プロヴァンス民謡「王たちの行進」を見事に歌った。ヴォカリーズのハーモニーも美しい。若々しい合唱が新鮮だった。

 

身持ちの悪いアルルの女に惚れたものの、馬の番人ミチフィオに奪われ、絶望しバルコニーから身を投げるフレデリの最後は、舞台袖に消えていくフレデリと、母の悲鳴で描かれた。最後を語りの松重豊が締めたが、コーダのビゼーの音楽には、プーランク『人間の声』のような切迫感は感じられない。作曲された時代もあるのだろう。
しかし、ビゼーは3年後にオペラ『カルメン』の最後で真に悲劇的でドラマティックな音楽を書くことになる。

 

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プーランク/オペラ『人間の声』演奏会形式(日本語字幕付原語上演)

ビゼー/劇音楽『アルルの女』演奏会形式、(アルフォンス・ドーデ、原作台本による原典版、朗読付き日本語上演)

 

出演

指揮、構成台本:佐藤正浩

管弦楽:ザ・オペラ・バンド

 

■プーランク/オペラ『人間の声』

女:森谷真理(ソプラノ)

 

■ビゼー/劇音楽 『アルルの女』

語り、バルタザール、他:松重 豊

フレデリ:木山廉彬(東京演劇道場)

白痴:的場祐太(東京演劇道場)

ヴィヴェット、フレデリの母:藤井咲有里(東京演劇道場)

コーラス:武蔵野音楽大学合唱団(合唱指導:横山修司)

写真:©東京芸術劇場


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