(10月30日・神奈川県立音楽堂)
最高の歌手陣、バロックオペラを知り尽くしたファビオ・ビオンディと、理想的なバロック・オーケストラ、エウローパ・ガランテ、歌舞伎を取り入れた彌勒忠史演出、衣裳との見事なマッチング、神奈川県立音楽堂スタッフの熱意、聴衆の集中と熱い拍手。
様々なベクトルがぴたりと合った最高のステージだった。NHKにより、ハイビジョン収録が行われていた。
放送予定は2023年1月15日(日)23時20分、NHKBSプレミアム、プレミアムシアター。
2020年2月26日、開幕3日前、ゲネプロの15分前にコロナで中止となった公演が3年ぶりに実現したもの。
全員高水準の歌手陣だったが、ヴィヴィカ・ジュノー(メゾ・ソプラノ/ローマの護民官レピド)が際立っていた。第1幕ではアジリタ(agilità、細かく速い音符の連なりを敏捷に歌うテクニック)が圧巻で、声質も切れが良く透明で品格がある。衣裳もかっこよく、キリリとしていた。
第2幕でのジュノーとロベルタ・インヴェルニッツィ(ソプラノ/レピドの妻フラヴィア)との二重唱は絶美。
第1幕で、フランチェスカ・ロンバルディ・マッズーリ(ソプラノ/シッラの副官の娘チェリア)が、稲妻に不穏なものを感じて歌う場面も美しい。
ヒラリー・サマーズ(コントラルト/ローマの騎士クラウディオ)は、体躯も大きく、がっしりとしており、頼もしい騎士にぴったり。第1幕最後のシッラを罰しようと歌うアリアも堂々としていた。
衣裳と言えば、第2幕に出てくるミヒャエル・ボルス(バリトン/神)が大僧正という雰囲気で、なかなか見せた。
第2幕最後の、スンヘ・イム(ソプラノ/シッラの妻メテッラ)のアリアもアジリタが冴え、聴衆からの拍手が大きかった。韓国生まれだけあり、着物風の衣装が違和感なく決まる。
ロベルタ・インヴェルニッツィ(ソプラノ/レピドの妻フラヴィア)は、第3幕の牢獄に入れられ、レピドが死んだなら生きている方が不幸だろうと歌う場面が抒情味豊かで素晴らしかった。
ソニア・プリナ(コントラルト/ローマの執政官シッラ)は、出番が多い。ただ、オペラの中にあって、ヘンデルが、ここぞという見せ場、アリアを与えていないように思えた。シッラのソニア・プリナは歌舞伎の見事な隈取り、派手な帯や衣装がみなしごハッチのようで(失礼!)可愛らしい。
最後に出陣したシッラの船が嵐に巻き込まれ、座礁、九死に一生を得て助かり、神と民衆に愚行を詫び、権力から退くと述べる大団円で、天井から2本の大きな白い布が降りてくる。そこにはエアリアル(空中での演技)の女性がはりついており、アクロバティックな演技をまじえながら回転、布の出てきた穴(照明器具を取り外したのだろうか)からは、キラキラとした紙吹雪が絶え間なく舞い散る。この演出は凄かった。聴衆はあっと驚き、客席にはどよめきが走った。
プレトークで彌勒忠史が、演出に歌舞伎の要素を取り入れたのは、成立時期が近いこと、スペクタクルな点、大きな仕掛け、オペラとの共通点があるからと話した。ただ、神奈川県立音楽堂の構造が音楽ホールで反響板があるため、吊り下げのバトンがない、照明機材も限定される、火気も使えない、せり(舞台上の一部を四角く切り抜いて上げ下げさせ、建物や人物を登場させたり、引っ込めたりする昇降装置)も使えない、すっぽん(花道の七三の位置にある、小規模なせり<切り穴>)もない状況。この中での演出は大変だったと語っており、限られた条件の中で、よくぞ、という感激もあってか、終演後の聴衆の拍手はすさまじかった。
ビオンディとエウローパ・ガランテの演奏は、古楽器の奏法としては破格の美しさ。ヴィブラートはかけていないにもかかわらず、響きがとげとげしくない。バロックチェロのソロが特に美しかった。
神奈川県立音楽堂の大きさは、ヘンデルの時代のイギリスの劇場と同じくらいだ、とビオンディはプレトークで話したが、1100人の収容人数(今回は舞台前方にオケピットをつくったので、実際はもっと少ないかも)が、バロックオペラにはちょうど良い大きさで、歌手の声もオーケストラもバランス良く聞こえたことも、成功の要因のひとつだろう。
コロナ禍の中止を乗り越え、これほど素晴らしい公演を実現した関係者のみなさまに感謝したい。
音楽監督:ファビオ・ビオンディ(指揮・ヴァイオリン)
演奏:エウローパ・ガランテ
ソニア・プリナ(コントラルト/ローマの執政官シッラ)
ヒラリー・サマーズ(コントラルト/ローマの騎士クラウディオ)
スンヘ・イム(ソプラノ/シッラの妻メテッラ)
ヴィヴィカ・ジュノー(メゾ・ソプラノ/ローマの護民官レピド)
ロベルタ・インヴェルニッツィ(ソプラノ/レピドの妻フラヴィア)
フランチェスカ・ロンバルディ・マッズーリ(ソプラノ/シッラの副官の娘チェリア)
ミヒャエル・ボルス(バリトン/神)
神谷真士(スカブロ/シッラの臣下 黙役)
桧山宏子 板津由佳(エアリアル)
片岡千次郎(兵士/殺陣)
亀山敬佑(兵士/殺陣)
■Staff
台本:ジャコモ・ロッシ
演出:彌勒忠史
美術:tamako☆
衣裳:友好まり子
照明:稲葉直人(ASG)
立師:市川新十郎
台本・字幕翻訳:本谷麻子
舞台監督:大澤裕(ザ・スタッフ)
*上演時間約3時間(休憩含み)・休憩2回