(1月23日・サントリーホール)
新日本フィル創立50周年企画の井上道義の自伝的なミュージカルオペラ、『A Way from Surrender ~降福からの道~』は、力作であり、熱演だった。歌手陣の素晴らしい歌唱や力のこもった演技や踊り、新日本フィル(コンサートマスター:崔文洙)の熱い演奏もあいまって、井上の思いや意図はぐいぐいと客席に伝わってきた。それは第2幕、第3幕と後半に行くほど盛り上がって行った。カーテンコールの聴衆の拍手も心からの賞賛だったと思う。
すみだトリフォニーホールは見ていないが、そちらは「ミュージカルオペラ」と銘打たれ、オーケストラピットを使い(サントリーホールは新日本フィルが舞台奥で演奏した)、またオルガンのある壁面も利用して映像を映すなど、視覚的な演出ができていたとのこと。出演者はピンマイクを装着し、セリフも客席までよく聞こえたという。
サントリーはもともと「演奏会形式」とうたわれており、プレトークで井上は『演奏会形式と言ってあったが、どんどんオペラになってきた。照明付きます。字幕あります。謝りたい』と話した。
サントリーはP席に観客を入れたため背景は使えない。音が響きすぎるということで、ピンマイクの代わりに集音マイクが使用された。会場の仕様が変ることで、演出担当の井上の苦労も大変だったと思う。トリフォニーは新日本フィルのホームグラウンドであり、会場でのリハーサルも充分できただろうが、サントリーは当日のゲネプロ1回だけだったのではないだろうか。出演者も戸惑ったに違いない。そうしたハンディのなかで、これだけの上演を創り上げたことは大いに賞賛したい。
ただ、個人的には熱いパフォーマンスを冷静に受け止めた。ミュージカル的な音楽のノリやメロディーの魅力が少なく、ユリィ・セレゼンと踊った小林沙羅のバレエダンサーのような難易度の高い踊りは驚愕だったが、その他は本格的なダンスも少ない。
歌と踊りのミュージカルとしては洗練されておらず、オペラとしては、井上の書いたアリアや重唱にそれほど魅かれなかった。
一方で井上が自分の血であり肉であるというクラシックの名曲や、ポピュラーの引用は効果的だった。
第1幕のエンディングの音楽は、レスピーギ「ローマの松」から「アッピア街道の松」のフィナーレを思わせた。第2幕のバンブーダンスではフォルクローレの「花祭り」が使われ、郷愁を誘った。また第3幕冒頭では、オペラのテーマを暗示するように武満徹「他人の顔」のワルツも使われた。
井上をモデルとした画家タローの出生の秘密については、第2幕と第3幕の間の幕間朗読で語られた。
歌詞は日本語字幕で出るためわかりやすかったが、セリフは集音マイクで拾うか、あるいは生声のため、第3幕の母親みちこの本音の言葉が良く聞き取れず、父、正義のレチタティーヴォ「ああタロー」とアリア「神様仏様」と本心を述べるところも唐突に感じられた。それもあってか、肝心の両親とタローの和解のいきさつがよくつかめなかった。
フィリピンに渡った井上の両親がマニラで米軍の艦砲射撃にさらされ、ジャングルで何十日も逃げまどい、5000人のうち生き残ったのは500人という生死の境をさまよった悲劇については第2幕で描写された。
井上の作品を書いた目的と隠れたテーマについては、本人のメッセージとして下記に掲載されている。
井上道義が描くミュージカルオペラ『A Way from Surrender〜降福からの道〜』が世界初演 出演に工藤和真、大西宇宙、小林沙羅ら | SPICE - エンタメ特化型情報メディア スパイス (eplus.jp)
あらすじはこのpdfをご覧ください。
teiki647_01_programnote.pdf (njp.or.jp)
総監督(指揮/脚本/作曲/演出/振付)井上道義
タロー(テノール):工藤和真
正義(バリトン):大西宇宙
みちこ(リリック・ソプラノ):小林沙羅
マミ(ソプラノ):宮地江奈
エミ(メゾ・ソプラノ):鳥谷尚子
ピナ(ソプラノ):コロンえりか
アンサンブル
●鳥の声1/久美(ソプラノ):中川郁文
●鳥の声2/由利(ソプラノ):太田小百合
●領事夫人(メゾ・ソプラノ):蛭牟田実里
●ボテロ(メゾ・ソプラノ):芦田 琴
●絵の具の声/藤原(テノール):斎木智弥
●仁木(テノール):渡辺正親
●山田(バリトン):今井 学
●中村(バリトン):高橋宏典
●ゲリロ(バリトン):山田大智
●セイギスカン(バス):仲田尋一
●額縁の声(バッソプロフォンド):石塚 勇
●少年タロー:茂木鈴太
●米軍救護班(ダンス):ユリィ・セレゼン
●朗読:大山大輔
●4役アンダー:藤井玲南
●合唱:洗足学園メモリアル合唱