広上淳一が、東京音楽大学の指揮科学生たちに対して行っている授業を、そのまま舞台で公開する、ユニークなイベントに行く。
公開レッスンで知ったことはつぎの点。
1. やはりオーケストラには指揮者がどうしても必要。個々の奏者は自分のパートの譜面しか見られず、自分で音楽の方向性を決められない。
2. 指揮者の考えがオーケストラに伝わらない限り、オーケストラは勝手に判断して弾く。その結果つまらない表面的な音楽になる。
3. 指揮者は、音楽の先の先まで把握して指揮している。今行っている指揮が、どこに向かっているのか見ていなければならない。
4. 指揮者はひとつひとつの音のイメージとその変化する様子までつかんでおかなければならない。
以下は、レポート。これがすべてではなく、実際にはもっと多くのことが指導されていた。
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この日は、ベートーヴェンの交響曲第7番が課題曲。休憩をはさみ4人の学生が第1楽章から第4楽章まで、順番に一人1楽章ずつ通して指揮し、その後、広上淳一ら講師が講評、指導する。オーケストラは6型。東京音大の学生によるものだが、ティンパニは元名古屋フィルの首席、藤田崇文がゲストで参加していた。オーボエがうまく、よくまとまったオーケストラだ。
実際にオーケストラを指揮させ指導するという授業を行っているのは、日本では東京音大だけで、他はピアノで代用している、と教授陣の一人は語っていた。
指揮を始める前の、名前を述べるあいさつから、早速広上の叱責が飛ぶ。「声が小さい!」。確かに何十人ものオーケストラに指示を与えるためには、大きな声で、はっきりと伝えなければならない。基本中の基本だ。
さて、学生たちの指揮だが、ちゃんとした音楽になっており、破綻はない。ただ、4人とも、音楽が流れているだけで、深く訴えてくるものはない。
第1楽章を指揮したNJ君に、広上からのアドバイスは、「同じことをやっていても音色を変えなさい。(ピアニカを吹いて聴かせながら)音が移る瞬間が大事。そこはドルチェだろう(12小節目のクラリネットとファゴットのことか)。10小節から14小節までが気になる。10、11小節は1音ずつ音色が変わっている。どう振ってもいいが、わかって振りなさい」と、厳しい。
第2楽章はA君。彼を紹介する広上の言葉は辛らつだが、温かい。いわく「彼はコンピュータが得意。言われたことはきっちりやる。進路について悩んでいる。役人、官僚のよう。都合が悪くなると、要領よくスルーしようとする。」
オーケストラのメンバーからは「木管とホルンが出した音に最後まで責任を持ってほしい。何かを恐れている。」と言われ、ティンパニの藤田からは「深みがない」と一言。講師の一人、東京交響楽団のセカンド・ヴァイオリン(名前失念)の女性からは、「3小節目のテヌートとスタッカートが乖離している。Aさんはビートだけの指揮だが、縦の線はリーダーについていけばいい。中につまったものをどう対処するか、指揮者は指示してほしい」という指摘もあった。広上も「ビートではなく、フレーズを示すことが大切」と付け加えた。
休憩をはさみ、後半。4年生のS君が第3楽章を指揮。見た目はさえないが(失礼)、音楽の奥行きがあってとてもよい。講師陣も「肩の力が抜けていていい」と高評価。「どういう気持ちで指揮しているか」と聞かれ、S君は「イメージから入ります」と答えていた。別の講師は「第3楽章は管楽器の音楽。指揮者が指示しないと音は小さくはならない。この楽章は4小節のフレーズ。前に進む音楽か、引く音楽なのか、方向性が感じられない。」と指摘していた。
第4楽章はNI君。ロボットのように身体が固く、いろいろ指示は出すが、音楽がワンパターンに感じられた。広上からは「2拍目が大切。2拍目のビートがどこに行くかわからない」と言われ、もう一人の講師からも「アタマを振っているのか、ウラを振っているのか、わからない。混乱する」と指摘があった。
先の、東響のセカンドヴァイオリン奏者は「オーケストラのpは全体としてpであって、一人一人がピアニッシモで弾いて、ちょうどピアノになる。ソリストとは違う」という貴重なアドバイスもあった。
4人のあとは、一般人の聴講生や、1年から3年生の学生たち14人くらいが、ベートーヴェンの7番の一部を交替で指揮していった。聴講生には、陸上自衛隊の人から(指揮がまじめで規律正しいのが微笑ましい。失礼!)、テューバ奏者、広上と同じ年齢のサラリーマンでコントラバスを弾く人まで、職種はさまざま。学生の中には女性もいた。レセプションで彼女に「理想の指揮者は?」と尋ねたら、「フルトヴェングラー!」と返ってきて面喰った。司会をした永野風歌さんも、タレント活動をしながら「作曲指揮専攻」に入っており、実際に指揮も聞かせてくれた。
かつて、NHKが、ドキュメンタリーで、この教室を紹介した。この映像よりは、広上のレッスンは優しかった。
フィリアホールを満席にした聴衆がいたためだろうか。
「マエストロの白熱教室~指揮者・広上淳一の音楽道場」