(9月14日 [土] 19:00 東京音楽大学100周年記念ホール 池袋キャンパス A館)
ムーティと東京春祭オーケストラによるイタリア・オペラ・アカデミーin 東京 vol.4、ヴェルディ《アッティラ》。
第1回の《リゴレット》は見ていないが、第2回《マクベス》、第3回《仮面舞踏会》と較べて歌手陣がベテラン揃いでレヴェルが高く、また東京春祭オーケストラと合唱(東京オペラシンガーズ)の集中力と充実度も高いと感じた。
そうした印象の背景には、アカデミーが回を重ねるにつれ(メンバーの一部に変更があるにせよ)オーケストラや合唱がヴェルディの音楽の理解が深まっていること、何よりもムーティ自身がこのオペラを好んで指揮していることもあるのだろう。
ムーティは歌手、合唱、オーケストラそれぞれにきめ細かく熱く指示、強靭な演奏は生命力が爆発するようだった。
前奏曲
9月3日東京音大TCMホールでの《アッティラ》作品解説でも前奏曲にかなり時間をかけていた。
『アッティラが通過した後は草も生えない。すごく暗い雰囲気からすごく美しい要素もある。両方演奏しなければならない。木管はピアニッシモでシンプルに、チェロはもっと歌って。ピアノの後もすぐにフレーズが始まるように。ホルンは心臓の鼓動。絶望はそれ以上に表現すること』などと指導、『スカラ座の留守電のBGMにしたら、皆怖がって電話がかかってこなくなった』とジョークも飛ばしながらの濃いリハーサルの結果が充実の演奏に結びついた。
プロローグ(アクイレイアの広場)
合唱「叫び、略奪、呻き」、アッティラを讃える「すべての森の王に栄光あれ」での東京オペラシンガーズの合唱は分厚く緻密。
9月6日のSMBCホールでの「合唱 ピアノリハーサル」ではムーティ自身が『野蛮人たちだが、コミカルにならないように。8分音符を少し長めに意識して。マーチのようにならないように』と指示していた。
他の箇所の指導だったが、ムーティはヴェルディが書いたと紹介して『合唱はグループではない。一人一人が人格を持っている。カラーを込めてほしい』と合唱に話し、さらに『言葉が聞き取れるかどうかよりもカラー、色がほしい』とも要求していた。
アッティラ役のイルダール・アブドラザコフ(バス)は、登場しての第一声からして、役柄にふさわしい押し出しの強さと、その裏に隠された意外な脆さも感じさせる深い歌唱でタイトルロールとしての存在感を十二分に示した。
オダベッラのカヴァティーナ(初めて登場した時のアリア)「勇者が剣を手に駆けるとき」を歌うアンナ・ピロッツィ(ソプラノ)が強烈な歌唱。ワーグナーも難なく歌えるのではと思わせる強靭で迫力のある歌唱で圧倒する。ドラマティック・ソプラノの面目躍如。
アッティラとローマ軍の将軍エツィオの二重唱「東ローマの支配者は老いて」と「高慢な奴ども!惰眠をむさぼって」では、エツィオ役のフランチェスコ・ランドルフィ(バリトン)が役柄通り少し弱さも見せつつ立派な歌唱。
第2場の嵐の場面の管弦楽が凄まじい。3日のリハーサルでも『ホルンとトランペットは攻撃的にならないように、グランカッサ(大太鼓)、トリルはすべてクレッシェンド、鐘は強く叩くこと。教会の鐘を思い出してください』と指導、
嵐が収まり太陽が昇る場面は『ヴェルディが大切に考えており、初演の際は音楽のクレッシェンドに合わせ当時のガス燈の照明を変化させた』とエピソードを紹介した。
フォレストと共にアクレイアから逃げてきた人々の合唱も荘厳。
フォレスト役フランチェスコ・メーリ(テノール)が歌うカヴァティーナ「彼女は野蛮人に捕らわれて」は多少抑え気味。その後フォレストと一緒に歌う合唱は少し強すぎるように感じた。
第1幕
第1場 アッティラの陣営に近い森の中
オダベッラ(アンナ・ピロッツィ)の歌う「ああ、流れる雲に映るのは」へのムーティの指示が細かい。フォレストが突然現れ、アッティラとの間を疑うがオダベッラの話を聞き、和解、二重唱「抱擁の中で喜びに酔いしれて」は引き締まり素晴らしいが、ここでもムーティが二人を細かく導いていた。
第2場 天幕の中
アッティラ(イルダール・アブドラザコフ)は夢の中で老人に「引き返せ、ローマは神の土地だ」と言われ恐れおののく。夢から覚めて奴隷のウルディーノ(大槻孝志)に対して歌う「ローマを前にして心が奮い立った時」、気をとりなおして歌う「亡霊よ、国境の向こうで」は文句なしの歌唱。
アッティラがローマ進軍を命じ、男声合唱が「ヴォータンに栄光あれ」と歌うが、そこに清らかな少女たちの歌を女声合唱が歌う。この対比は鮮やか。
一人の老人レオーネ(教皇レオI世)水島正樹(バス・バリトン)が「引き返せ、ローマは神の土地だ」と言う場面は水島が少し弱い。
アッティラが恐れて地面にひざまずき、フォレストとオダベッラが神の力を讃えるコンチェルタート(ソロ全員と合唱のアンサンブル)「違う、夢ではない!」の素晴らしいこと。
ソリストも合唱も威厳があり、底深い表現力に感銘を受けた。
第2幕
第1場 エツィオの陣営
エツィオ(ランドルフィ)のアリア「栄光の美しい不滅の国から」は格調高い。フォレスト(メーリ)が第2幕に入って調子を上げてきた。エツィオにアッティラへの復讐計画を話す場面では声に張りが出てきた。
エツィオ(ランドルフィ)がアッティラへの復讐を勇壮に歌う「私の運命は決まった」のムーティの指揮はエネルギッシュ。東京春祭オーケストラもノリが良かった。
第2場 アッティラ陣営の祝宴の場
アッティラに招かれたエツィオに対して、ドルイッド教の神官たち(男声バリトン合唱)がアッティラに警告する。
巫女たち(女声合唱)が歌う「誰が心に光を与えるのか」がとても柔らかくほっとする。
嵐が去り、宴が再開、アッティラが乾杯しようとするとオダベッラが毒杯を明かしてしまう。彼女は自分でアッティラを殺そうと決意していた。
アッティラが『誰が毒を盛ったのだ』と問うと、フォレスト(メーリ)が『Io! (私だ!)』と名乗りを上げる。その声の余りのすさまじさに驚愕した。
第2場のストレッタ(アンサンブルの最後の急速な部分)は圧巻だった。ムーティはオーケストラ、ソリスト、合唱を束ね、すさまじいまでのアッチェランドで追い込んでいく。
第3幕 アッティラの陣営に近い森の中
フォレスト(メーリ)のロマンツァ(形式を持たない短いアリア)「哀れな男がどれほどオダベッラにつくしたか」からメーリは完全に全開、素晴らしい歌唱。
フォレストのオダベッラへの怒りが沸点に達する場面でのメーリの表現力も素晴らしい。
オダベッラ(ピロッツィ)の必死の弁明も強靭そのもの。
ハープの伴奏で歌う「あなただけをこの心は愛している」のピロッツィ、メーリ、ランドルフィの三重唱での3人の美しい声のバランスは最高の聴きものだった。
アッティラ(アブドラザコフ)が花嫁を追って登場、オダベッラ(ピロッツィ)、エツィオ(ランドルフィ)、フォレスト(メーリ)が復讐の言葉をアッティラにぶつけ、アッティラが裏切りに激怒するフィナーレの四重唱「悪い女め、奴隷が花嫁になったのに」の高揚とムーティの強烈なアッチェランドの追い込みは圧倒的。最後を締めるティンパニ(篠崎史門・神奈川フィル首席)の連打も気合が入っていた。
会場の東京音楽大学100周年記念ホールの座席数は806。紀尾井ホール(800席)と変わらない。この中ホールで12型のオーケストラ、80名の合唱がフルヴォリュームで演奏する音圧の凄さは前代未聞。しかも音楽の密度が濃い。
拍手やブラヴォ、ブラヴィは長く続き、ステージのドアが閉まったあともムーティへのソロカーテンコールが10分以上続いた。最後まで拍手を続けたのは100名くらいだろうか。ムーティがようやく姿を現し、聴衆のブラヴォに丁寧に応えていた。
明日(日をまたいで今日)16日(月・祝:敬老の日)15時からオーチャードホールでも公演がある。
主催者の案内
来場チケット✨
上記公演の当日券を、13:30よりBunkamuraオーチャードホール当日券売場にて販売いたします。
販売席種(税込):
S席 29,500円
A席 26,000円
💻ライブ・ストリーミング配信チケット🎫
開演30分後までご購入いただけます
👇詳しくは👇
https://tokyo-harusai.com/news_jp/20240916_ticket/
出演
指揮:リッカルド・ムーティ
アッティラ(バス):イルダール・アブドラザコフ
エツィオ(バリトン):フランチェスコ・ランドルフィ
オダベッラ(ソプラノ):アンナ・ピロッツィ
フォレスト(テノール):フランチェスコ・メーリ
ウルディーノ(テノール):大槻孝志
レオーネ(バス・バリトン):水島正樹
管弦楽:東京春祭オーケストラ
合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:仲田淳也
曲目
ヴェルディ:歌劇《アッティラ》(プロローグ付全3幕)
上演時間:約2時間30分(休憩1回含む)