藤岡幸夫の東京シティ・フィル首席客演指揮者就任披露公演にふさわしい素晴らしい演奏だった。
1曲目はシベリウス「交響詩《大洋の女神》」。シティ・フィルはいつも熱い演奏を展開するが、今日はいつも以上に気合が入り、シティ・フィル特有の温かな音による弦と木管、金管の分厚い響きが湧き上がってきた。交響詩というイメージにぴったりのスエールの大きな表現だった。
2曲目は神尾真由子をソリストに迎えたアストル・ピアソラの「ブエノスアイレスの四季」。編曲はクレーメルの同曲CD「エイト・シーズンズ」でもおなじみのウクライナ出身の作曲家レオニード・デシャトニコフ(1955-)によるもので、ソロ・ヴァイオリンと弦楽の編成となっている。実演でこの曲を聴くのは初めて。神尾の情熱的で完璧な技巧のヴァイオリンが実によく合っていた。
神尾は以下に述べるタンゴのヴァイオリンの特殊奏法も問題なく弾いていた。
・ジギジギという音「チチャーラ(Chicharraスペイン語でセミのこと)」
・カン、カランという音「タンボール(Tamborスペイン語で太鼓のこと)」
・キュイという音「ラティゴ(Latigoスペイン語でムチのこと)」
・サイレンのようなグリッサンド。
奏法に関する情報源はここ↓
http://musicsoft2.blog90.fc2.com/blog-entry-1485.html
シティ・フィルもこれらタンゴ独特の奏法を確実にこなしていた。コントラバスが指で弦を引っ張り垂直に離し指板に叩きつけるスラップ奏法も目と耳を惹きつける。
神尾は激しい部分だけではなく、各楽章中間部のタンゴ特有の哀愁を帯びた旋律も表情豊かに弾いた。藤岡幸夫はプレトークで神尾のヴァイオリンがすごすぎるので指揮者はなくてもいいのではと提案したが却下されたと笑わせていたが、藤岡の指揮もノリが良く、神尾とのやりとりはスリリングだった。
南半球にあるブエノスアイレスは北半球とは四季が逆であり、演奏は秋、冬、春、夏の順(クレーメルのCDと同様)で演奏された。冬では「パッヘルベルのカノン」らしきフレーズが出たり、春と冬ではヴィヴァルディの旋律が引用されたりするが、基本はタンゴ。踊りだしたくなるようなリズムとメランコリックな旋律がピアソラの非凡さ、天才ぶりを知らしめる。
神尾真由子は過去にこの曲を弾いているかどうかわからないが、今後彼女の新しいレパートリーとして定着するのではないだろうか。
会場を埋め尽くした聴衆の多くも初めて聴く作品だったかもしれないが、反応は熱狂的で、神尾は何度もステージに呼び戻されていた。
ウォルトン「交響曲第1番」は素晴らしい名演。藤岡幸夫の指揮と東京シティ・フィルの燃え方がすごかった。シティ・フィルは信じられないほど充実した演奏を展開した。
45分の長大で一筋縄ではいかない難しさがある曲を藤岡幸夫はまったく弛緩することなく、深い楽譜の読みで、この作品の深層までしっかりと聞かせてくれた。
第3楽章も藤岡幸夫がプレトークで言ったように時に眠気を誘うどころか面白さがいっぱい。第4楽章は金管を筆頭に最高の充実ぶりだった。
最後のティンパニ2台とタムタム、シンバルによる輝かしい導入はマーラー交響曲第4番のフィナーレ冒頭を思わせる華麗なもの。終結部の2台のティンパニとオーケストラの咆哮と、最後の決めの和音も壮大だった。
藤岡幸夫&東京シティ・フィルの記念碑的名演と言ってもいいのではないだろうか。シティ・フィルと藤岡の相性の良さが全面的に感じられた。両者の今後の演奏会が楽しみになってきた。