(8月15日、東京芸術劇場コンサートホール)
お話:黒柳徹子
指揮:尾高忠明
毎年、終戦記念日の8月15日に、ユニセフ親善大使の黒柳徹子のトークと共に開かれる東京フィルの「ハートフル コンサート」が第30回を迎えた。収益はユニセフを通して、シリアからレバノンへ逃れてきた難民の子供たちをはじめ、助けが必要な子供たちに届けられる。毎回完売のコンサートで、今日も満席だった。
今年の指揮者はこのコンサートに7度目の登場となる尾高忠明だが、黒柳徹子とは様々な縁があり、親しい友人同士でもある。
一つ目の縁は、尾高の叔母が女優の長岡輝子で、黒柳が出演していたNHKのラジオ・ドラマ『ヤン坊ニン坊トン坊』の語り手だったため、尾高は子供のころから、黒柳のひときわ甲高い声をよく聞いていたという。
二つ目は黒柳の父、守綱が新交響楽団(N響の前身)の名コンサートマスターであり、尾高の父、尚忠(ひさただ)は新響の専任指揮者だったこと。また、尾高忠明は守綱と共演したこともある(註:おそらく戦後の東京交響楽団のコンサートマスター時代)という。
尾高忠明は黒柳守綱から直接聞いた父、尚忠の捧腹絶倒のエピソードも披露した。あるときの新響のプログラムは、ベートーヴェンの《田園》と《運命》。舞台に登場した尚忠の勢いを帯びた足音から、コンサートマスターの黒柳守綱は、『これは《運命》と曲を間違えているな』と感じて、小声で尚忠に『《田園》、《田園》』と伝えたという。しかし、聞こえなかったらしく、尚忠が「ウン!」という気合とともに振り下ろした指揮棒から、無事《田園》が流れてきたという。
三つ目は、黒柳と芥川也寸志が司会を務めたNHK総合テレビ「音楽の広場」(1976年から1984年まで放送)に、尾高と東京フィルがレギュラーとして出演していたこと。
「音楽の広場」の映像:
https://www2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009010206_00000
演奏の合間の二人のトークでは、こうした懐かしい思い出話が多数披露されたが、 芥川也寸志の「弦楽のための三楽章《トリプティーク》から第1楽章」が予定されていたプログラムに急遽追加されたのは、トークの打ち合わせする過程で生まれたアイデアだったかもしれない。
芥川が、当時国交断絶中のソヴィエトに密入国し、ショスタコーヴィチ、ハチャトリアン、カバレフスキーなど尊敬する作曲家たちと直接会ったというエピソードや、クルト・ヴェス指揮ニューヨーク・フィルで初演された話も紹介された。
尾高が2年前読響で全曲を指揮した際、もっと弾いていたいという要望が出たほど、楽員からも好評だったという。
先日の「フェスタサマーミューザKAWASAKI2019」で藤岡幸夫と東京シティ・フィルが「交響曲第1番」を熱演したのに続く芥川作品で、東欧やロシアの民族音楽を思わせる躍動感ある第1楽章が聴けたのは貴重な機会だった。
黒柳の『残りは帰ってからCDなどで聴いてください』という言葉を受けて、ナクソスで佐渡裕指揮、ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団の演奏を聴いた。第2楽章の子守歌の抒情性、変拍子の第3楽章もエネルギーがあり、実演で全部聴きたいと思わせる秀作だった。
他は以下のような名曲プログラム。
スッペ/喜歌劇『詩人と農夫』序曲
グレン・ミラー/ムーンライト・セレナーデ
オッフェンバック/喜歌劇『天国と地獄』序曲
ドヴォルザーク/序曲『謝肉祭』
ラヴェル/ボレロ
演奏で印象的だったのはアレッサンドロ・ベヴェラリのクラリネット。彼は今年初めて設けられたチャイコフスキー国際コンクール木管部門で第3位に入賞したが、スッペでもグレン・ミラーでも、またオッフェンバックやラヴェルでも、楽曲ごとにスタイルを変えながら、実に生き生きとした演奏を聴かせた。
ムーンライト・セレナーデなど、ブルースやジャズのフィーリングがあふれ出て、ダンス・ホールで踊るカップルたちが目の前に見えるようだった。
ずば抜けて光り輝くベヴェラリに較べ、他の奏者のソロが個性に欠け、平板に聞こえてしまうのは、技術や音楽性の違いからやむを得ないこととはいえ、少し寂しい。ただ、トロンボーンの副首席、辻姫子はラヴェル「ボレロ」でなかなかいいソロを吹き、尾高がソロをとった奏者を順に立たせたさいにも、ひときわ拍手が大きかった。
写真はこれまでのハートフル コンサートの模様。(c)東京フィルハーモニー交響楽団