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Channel: ベイのコンサート日記
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スクロヴァチェフスキ 読響 ブルックナー交響曲第8番

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123日、東京オペラシティ・コンサートホール)

読響が演奏会タイトルとしてつけた通りまさに「究極のブルックナー」だった。最初の一音から最後の一音まですべての音符、フレーズが正確に、また考え抜かれたバランスで鳴り響く。それは作曲家でもあるスクロヴァチェフスキの「作曲家はスコアに無駄な音は書かない。書かれている以上全ての音が聞えるべきだ」というポリシー(出典:ウィキペディア)が完全に具体化された演奏とも言える。 
 実際これほどひとつひとつの音に生命力と意味が宿って聞こえてくるブルックナーの演奏は空前絶後だ。しかし、それだけではないものが今日のスクロヴァチェフスキの指揮から感じられた。それは若々しさとみずみずしさ。92歳という年齢からイメージできるものではない、どう聴いても壮年の生命力にあふれた音楽であり、スケルツォの内から湧き起るリズムがその端的な例だ。またしばしば起こるブルックナー休止の切り方の鮮やかさと、休止から次の音楽が立ち上がるときの素早い指揮の動きは年齢をまったく感じさせない。

読響の演奏がこれ以上ないほど素晴らしかった。弦楽器群の響きはブルックナーにふさわしい格調と質感を持ち、金管の最強奏にも負けない強靭な響きを保っていた。金管はトランペットをはじめトロンボーン、ホルン、ワーグナー・テューバまでホルンの些少な疵を除けば、その輝かしさと力強さ深さにおいてブルックナーにふさわしい音を奏でた。木管群も完全にブルックナーの音楽と一体化しており、バランスが最上だった。ハープがブルックナーの希望通り三台あったのもうれしかった。

ただ、スクロヴァチェフスキが指揮棒を下ろしていないにもかかわらず放たれた心無いブラヴォによってせっかくの名演の余韻が消されたのは残念だった。

3年前より歩くのが困難になり、背中もさらに丸くなったマエストロだが、全曲立って暗譜で指揮。ソロカーテンコールは二度繰り返された。完売公演だったが、8割もの聴衆が会場に残りスタンディングオベイションでスクロヴァチェフスキを讃えた。
(c)
読響


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