武満徹:3つの映画音楽より
第1曲 映画『ホゼー・トレス』から「訓練と休息の音楽」。
プエルトリコ出身のボクサーを描いた勅使河原宏監督のドキュメンタリー映画(1959年)のために武満徹が書いた音楽。
井上道義の指揮は表情がロマンティック。アゴーギクを大きくとる。ジャズ的なところはボクサーのように手をつきだして指揮した。リングを離れて恋人とすごす場面の音楽は優しさに溢れ、ゆったりと演奏された。
第3曲 映画『他人の顔』から「ワルツ」
演奏は耽美的で、夢の中の音楽のように聞こえてくる。大きなフレーズでゆったりとしたテンポでワルツが演奏された。
井上道義:交響詩「鏡の眼」
2001年作曲。井上自身によるプログラム解説には、『メニコンの社長から眼科学会記念イベントの作品を委嘱され作曲した。孤独感と寂寥(せきりょう)感、躁状態の酔っ払いの父親の幻影、異和感ばかり感じる日本社会を引っ掛かりに、鏡の向こうから見つめる左右逆の指揮者という自分の葛藤』とある。
序奏は激烈に始まり、日本のお祭り的な部分、ダンスを学んだ頃の回想のようなワルツなどが続き、最後は闘争、戦争の描写のように激しい場面となる。コーダは葬送ラッパのように金管が呼び交わされ、昇華するように静かに終わる。
矛盾するものに引き裂かれる葛藤の描写という印象を受けた。
今年1月に井上指揮で初演された、新日本フィル創立50周年企画、井上の自伝的なミュージカルオペラ『A Way from Surrender ~降福からの道~』に似た音楽も聞こえてきた。
上野通明によるエルガー「チェロ協奏曲」。第1、 第4楽章はテンポが遅い。じっくりと進めて行く。緩徐な部分はすこし弛緩する印象も受けた。このテンポは上野の考えなのか、井上の解釈なのか。上野の弾くチェロ協奏曲はこれまで、ドヴォルザーク、ルトスワフスキ、カサド、ショスタコーヴィチの第1番を聴いたが、エルガーは初めて。
上野の音は艶やかでどこまでも滑らか。表情はこれまで聴いた以上にドラマティックで、構えも大きくなった。
ただ、この作品にある暗い情熱、深い悲しみは、まだ掘り下げる余地があるのではないだろうか。
アンコールはバッハ「無伴奏チェロ組曲第3番ハ長調BWV1009」からジーグ。軽やかに弾み愉悦感がいっぱい。ヨーヨー・マに憧れてチェリストを目指した上野の演奏は、どこかマに重なるところがある。
エルガー「南国にて」は、豪快で壮大な演奏。東響も井上道義の指揮にこたえ、全力を傾ける。熱演にブラヴォも飛んだ。
この上、望むとすれば、エルガーらしい格調の高さ、気品だろうか。