桐朋学園大学、シンシナティ音楽院で学んだ後、リスト音楽院でも研鑽を積み、日本室内楽コンクール第2位、ロンドン国際弦楽四重奏コンクールでメニューイン特別賞を受賞。仙台フィル、神戸室内管、新日本フィルなどの首席チェリストを歴任、サイトウ・キネン・オーケストラにも参加した川上徹が2枚目のアルバム、「コダーイ《無伴奏チェロ・ソナタ》」(レーベル:EXTON 品番:VCL-00686)を4月に発売した。
コダーイ《無伴奏チェロ・ソナタ》は、第1楽章冒頭から熱く生々しい演奏に圧倒された。第1、第2主題ともに雄大でスケールが大きく、「気宇壮大」という言葉がふさわしい。
第2楽章は川上の肉声を聞く思いがする。主要主題の左手のピッツィカートが胸を打ち、旋律の間に置かれた休止がなんと深く感じられることだろう。悲しみ、苦しみの表情は深く厳しい。同時にそれらを味わった人間の優しさも伝わってくる。
中間部は悲劇的だが、悲しみに打ち勝とうとするように力強い。第1部分が再現されるが、今度は「希望」が見える。音楽に強さが宿り、一段と高いところから全体を見渡すような大きな世界が展開されていく。川上の演奏にはドラマティックなストーリー性がある。
第3楽章はハンガリーの民族舞踊を思わせ、大地を揺るがすエネルギーにあふれている。民族舞踊とピッツィカートのやりとりや、アルペッジョと低音の応酬も華麗に聴かせる。エネルギッシュなポンティチェロの半音階進行の超絶テクニックは息をのむほど素晴らしい。冒頭の民族舞踏が再現されていく後半からコーダは一気呵成に上り詰めていく。目の前で生演奏が展開されているような録音の良さも特筆したい。
2曲目は抒情的で歌心に満ちたコダーイの「アダージョ」が収録され、激しい演奏で高揚した気分を和ませる。ピアノはピアニスト、作曲・編曲家の町田育弥。町田の温かく味わいのあるピアノをバックに、伸びやかな川上徹の演奏が披露される。
3曲目は、作曲・編曲・指揮・ピアノ・解説と八面六臂の活動を続ける宮川彬良がこのアルバムのために書き下ろした「バラードール チェロとピアノのための」。
宮川はアルバムの解説で、「チェロがメロディ、ピアノが伴奏という曲は書きたくなかった。チェロが口火を切るが後はピアノに弾かせる感じにしたかった」、「オーケストラのような曲を書きたかった。ブラームスのような渋くて深い音楽が川上徹のチェロにぴったりだろうと思った」と紹介している。
三部形式で書かれた曲で、主題はチェロとピアノが一体となっておおらかに歌われていく。中間部はメランコリックでロマン性があり、町田育弥が弾く、波打つようなピアノのアルペッジョにのせて歌われるチェロの旋律は美しい。主題の再現はしみじみとしており、余韻を漂わせながら終わる。
最後の2曲は町田育弥の作品。最初の「手紙 無伴奏チェロのための」は、未完成の段階で川上に見せたところ、「誰宛の手紙?」と聞かれ、つい「え、あ、あのね、たとえばとーる宛でもいいかな」と返事してしまい、結局川上に向かって話しかけている自分を意識しながら残りの作曲が進んだという。
内容が豊かで深い作品だと思う。やさしさと温かみだけではなく、厳しい内容も含まれている。何度も読み返したくなる手紙であり、作品だ。宮川彬良の作品もそうだが、こういう手紙、いや作品を贈られる川上徹は幸せなチェリストだとうらやましく思う。
アルバムの最後に、町田育弥が映画監督をしていた義父が制作した「西武池袋線各駅停車の旅」のために書いた作品「じいちゃんのエンドロール」が収められ、ほのぼのとした雰囲気を醸している。
宮川彬良と町田育弥のオリジナル作品は今後、川上徹の大切なレパートリーとして、コンサートでも多くの方に聴いてもらいたいものだ。