(11月19日、武蔵野市民文化会館小ホール)
アックスの明るく幸福な演奏を聴いていると、彼が1974年第1回アルトゥール・ルービンシュタイン国際コンクール優勝者というのはうなずける。ルービンシュタインも聴く者を幸福感で満たした。
ルービンシュタインはワインと香水の華麗な生活とヴィルトゥオーゾの巨大さが感じられるが、アックス自身は学校の先生のように朴訥で、音楽はスケールが大きいが威圧感はなく、羽根で包み込むような温かさがある。
ベートーヴェン「悲愴ソナタ」は明朗で清澄な演奏だった。序奏グラーヴェ(重々しくゆるやかに)は、重厚だが和音に濁りがなく明るく澄んで美しい。アックスは感情を露わにするのを避けるかのようにピアノを美しく響かせるが、聴き手としては少し物足りない。
ベートーヴェンの「創作主題による6つの変奏曲」の飄々とした味わいや、ソナタ第16番の持つユーモアはアックスの演奏が壺にはまる。第16番第2楽章の滑らかで珠を連ねるようなトリルは絶品だった。
後半ショパンのスケルツォ全曲も短調の第1番から第3番までは暗さや悲愴感は感じられず、スケルツォ本来の意味「諧謔」「軽快」にふさわしい洗練された演奏だった。そして予想どおり軽快で幸せな雰囲気を持つ第4番ホ長調が素晴らしい出来だった。特に中間部から主部に戻るときの見事な流れとコーダの輝かしく壮大な演奏はこの日の白眉と言えた。
アンコールは幸福感に満ちたノクターン第5番だった。
(c) Lisa Marie Mazzucco