(11月23日、オーチャードホール)
ケンショウ・ワタナベは日本人の両親のもと、横浜で生まれた。5歳の時、父親の仕事の関係で渡米。その後はアメリカを生活の拠点にしている。カーティス音楽院で高名な指揮科教授、オットー=ヴェルナー・ミュラー(1926-2016)に学んだ。ミュラーはアラン・ギルバートやパーヴォ・ヤルヴィも教えている。
ワタナベはイェール大学音楽院でヴァイオリンを学び、また分子・細胞・発生生物学の学位も取得した。フィラデルフィア管弦楽団では4年間ヴァイオリンのエキストラを務めたことがある。2016年からはフィラデルフィア管のアシスタント指揮者を務め、2017年ネゼ=セガンの代役で定期演奏会にデビュー、成功を収めた。今後も定期に登場することが決まっている。カーティス歌劇場でオペラも多数指揮しており、コンサートとオペラの両方の指揮者として活躍している。
舘野泉はラヴェル「左手のためのピアノ協奏曲」で、ペダルを効果的に使い、力強いスケールの大きな響きをつくった。ワタナベは東京フィルから切れ味の良い色彩的な音を引き出していた。舘野のアンコールは山田耕筰(梶谷修編曲)の「赤とんぼ」。左手だけとは思えない多彩な響きや装飾が加えられていた。
ケンショウ・ワタナベのマーラー「交響曲第1番《巨人》」は、若々しく溌剌とした表情があり、名演だった。東京フィルもワタナベを盛り上げるように集中力を発揮した。指揮者とオーケストラの関係がうまくいっている時は、熱気が充満し聴く側も爽やかな気分になる。
ワタナベは勢いだけの指揮者ではなく、繊細な部分でも丁寧に細やかな表情をオーケストラから引き出す。例えば、第3楽章の中間部、ハープに乗って弱音器を付けたヴァイオリンが「さすらう若人の歌」からの旋律を奏でる部分は心癒されるものがあった。
アメリカを中心に活躍するワタナベらしさと言うべきか、第4楽章では、金管に向かって「もっと、もっと強く!」というように、更に強い吹奏を求め、東京フィルの金管もよく応え、伸びの良い輝かしい音を生み出した。ホルン7人に、トランペット、トロンボーンも加わる立奏から最後にいたる、この曲の最大のクライマックスは、爽快ともいえる解放感とカタルシスをもたらし、場内からブラヴォが多数飛んでいた。
ケンショウ・ワタナベは、2018年のセイジ・オザワ松本フェスティバルでサイトウ・キネン・オーケストラを指揮し、バーンスタイン《キャンディード》序曲と、ミュージカル『オン・ザ・タウン』から3つのダンス・エピソードを指揮して好評だった。今後も日本のオーケストラを数多く指揮してほしいものだ。